
医師
市川 峰大
ハイブリッドワークの普及により、働く場所の自由度は高まりました。
その反面、出社機会が減ることで、対面での雑談や何気ない相談が生まれにくくなる場面もあります。
その結果、「周囲との距離を感じる」「一人で仕事を抱えているように感じる」といった状態につながることがあります。
こうした孤独感は、単なる気分の問題にとどまらず、メンタルヘルスだけでなく身体的な健康とも関連することが指摘されています。
本記事では、ハイブリッドワーク下で孤独感が生じる背景や健康への影響、企業や職場で取り組める対策について解説します。
出社とテレワークが混在する環境では、同じ職場やチームでも働く場所や時間がずれやすくなります。その結果、従来のオフィス勤務とは異なるコミュニケーション上の課題が生じることがあります。ここでは、その背景をみていきましょう。
テレワークでは、同じ空間にいれば自然に生じる声かけや相談が起こりにくく、業務上必要なやり取り以外のコミュニケーションが減ることがあります。厚生労働省も、テレワークを円滑に進めるためには、労働者や企業の状況に応じて適切なコミュニケーションを促す取り組みが望ましいとしています。(出典元※1)
在宅勤務で一人で仕事をする時間が長いことと、孤独を感じることは同じではありません。人と直接会う機会が少なくても、必要なときに相談できる相手がいたり、職場に自分の居場所を感じられたりすれば、孤独感を抱かずに働ける人もいます。
反対に、オンライン会議やチャットの頻度が高くても、やり取りが業務連絡だけに偏れば、心理的な距離を感じることがあります。孤独感を考える際には、単純な接触回数ではなく、本人が求める交流や支援を得られているかを見ることがポイントです。
孤独感は、一部の人だけが抱える特殊な問題ではありません。内閣府の全国調査からも、程度の差はあるものの、日常生活の中で孤独を感じている人が一定数いることが分かっています。
ここでは、日本における孤独感の実態と、その背景についてみていきましょう。
内閣府が全国の16歳以上を対象に実施した「人々のつながりに関する基礎調査(令和7年)」では、孤独を感じることが「しばしばある・常にある」と回答した人は4.5%、「時々ある」は13.7%、「たまにある」は19.5%でした。また、「しばしばある・常にある」と回答した割合は、年代別では30〜50歳代で比較的高い傾向がみられています(出典元※2)。
働き盛りの世代にとっても、孤独感は決して無関係な問題ではありません。特にハイブリッドワークでは、出社頻度や周囲との関係性によって、人とのつながり方が大きく変わるため、職場においても意識しておきたい健康課題の一つといえるでしょう。
ただし、孤独感の原因をテレワークや職場環境だけに求めるのは適切ではありません。孤独感には、家族構成や生活環境、人間関係、経済状況、健康状態など、さまざまな要因が関係します。実際、内閣府の調査では、「しばしばある・常にある」と回答した割合は、同居人がいる人では3.4%だったのに対し、同居人がいない人では9.8%でした(出典元※2)。
そのため、「テレワークをすると孤独になる」と単純に考えるのではなく、本人が仕事や生活の中で必要なつながりを得られているかという視点が重要です。職場での人間関係はその一部であり、ハイブリッドワークによって職場との接点が少なくなることが、人によっては孤独感を強める一因になる可能性があります。
孤独感というと、寂しさや気分の問題として捉えられがちです。しかし近年では、孤独や社会的孤立は、精神面だけでなく身体面の健康とも関連する重要な健康課題として注目されています。WHOも、社会的なつながりを身体的・精神的な健康と並んで重要な要素として位置づけています(出典元※3)。
WHOの報告では、孤独や社会的孤立は、うつ病や不安などのメンタルヘルス上の問題と関連することが示されています(出典元※3)。職場においても、周囲とのつながりを感じられない状態が続けば、ストレスを抱えたり、仕事への意欲が低下したりする可能性があります。
また、孤独感は外から見ただけでは分かりにくい点にも注意が必要です。普段どおり仕事をこなし、オンライン会議やチャットにも参加している人が、必ずしも十分なつながりを感じているとは限りません。本人から「孤独を感じている」と申し出るとも限らないため、日頃のコミュニケーションの中で変化に気づける関係づくりが重要です。
孤独や社会的孤立の影響は、メンタルヘルスだけにとどまりません。WHOは、孤独や社会的孤立が心疾患や脳卒中、高血圧、糖尿病などの身体的な健康問題とも関連し、さらに認知機能や早期死亡のリスクとも関係することを報告しています(出典元※3)。
ただし、これは「孤独を感じると必ず病気になる」という意味ではありません。健康には生活習慣や年齢、持病、社会経済的な状況など多くの要因が関係しています。孤独感や社会的孤立も、そのなかで健康との関連が指摘されている重要な要因の一つとして捉えることが大切です。
ハイブリッドワークでは、働く様子を直接見る機会が少なくなるため、社員がどのような状態で働いているのかを把握しにくくなることがあります。特に孤独感は外から見えにくく、業務上は問題なく働けているように見えても、本人が周囲とのつながりを感じられていないケースもあります。
孤独感は、仕事の成果や勤務態度だけから判断できるものではありません。期限どおりに仕事をこなし、オンライン会議に参加し、チャットにも返信している場合、上司からは特に問題がないように見えることもあるでしょう。
しかし、オンライン中心のコミュニケーションでは、オフィスであれば気づけた表情や声のトーン、周囲との会話の様子といった小さな変化を捉えにくくなります。そのため、「業務が滞っていないから大丈夫」と考えるのではなく、普段のコミュニケーションのなかで、仕事の状況だけでなく本人の働きやすさや周囲との関係にも目を向けることが重要です。
ハイブリッドワーク下では、職場との関係性がまだ十分に構築されていない社員ほど、周囲とのつながりを得にくい場合があります。たとえば、入社直後や異動直後の社員、若手社員などは、誰に相談すればよいのか分からなかったり、ちょっとした疑問を聞く相手が見つからなかったりすることがあります。
また、一人暮らしで日常的に人と接する機会が少ない人や、出社頻度が極端に少ない人、相談相手が決まっていない人なども、職場との接点が少なくなりやすいため注意が必要です。
もちろん、こうした条件に当てはまるからといって、必ず孤独を感じるわけではありません。大切なのは属性だけで判断するのではなく、本人が必要なときに相談できる相手がいるか、職場の一員としてつながりを感じられているかを確認することです。
ハイブリッドワーク下での孤独感への対策では、単純に社員同士の接触回数を増やすのではなく、コミュニケーションや相談が実際に機能する仕組みを整えることがポイントです。企業や管理職が取り組みやすい方法を具体的にみていきましょう。
テレワークを取り入れる場合は、コミュニケーションの機会を意識的に設けることが有効です。たとえば、定期的な1on1やチームミーティングを実施するほか、短時間でも気軽に会話できる時間をつくる方法があります。対面で話すことに意味がある場合には、チーム内で出社日を合わせるのも選択肢です。
ただし、出社日数を増やすだけで孤独感が解消されるとは限りません。回数ではなく、必要な相手と十分にコミュニケーションを取れているかを確認することが大切です。
入社直後や異動直後は、職場内の人間関係がまだ十分に構築されておらず、「誰に何を聞けばよいのか分からない」という状況になりやすい時期です。テレワークが中心の場合は、こうした戸惑いが周囲から見えにくくなることもあります。
定期的に話す相手を決める、メンターを設ける、オンボーディング期間中は意識的にコミュニケーションの機会を増やすなど、相談先を明確にしておくことが重要です。厚生労働省も、新入社員や中途採用者、異動直後の社員については、コミュニケーションの円滑化に特に配慮することが望ましいとしています(出典元※4)。
1on1や面談では、業務の進捗確認だけで終わらせないことも大切です。「仕事で困っていることはありますか」と聞くだけでは、孤独感や働きづらさまでは拾えないことがあります。
「最近、働きづらさを感じることはありませんか」「チームとのコミュニケーションで困っていることはありませんか」など、本人の状態や職場との関係についても確認するとよいでしょう。
もちろん、管理職が無理にプライベートへ踏み込む必要はありません。あくまで働くうえで困っていることや、必要な支援がないかを確認するという姿勢が重要です。
社員が悩みを抱えた際に、相談できる窓口を複数用意しておくことも必要です。直属の上司だけでなく、人事、産業医、産業保健スタッフ、社内外の相談窓口など、それぞれの状況に応じて利用できる選択肢を周知しておきましょう。
孤独感そのものをすぐに病気として捉える必要はありません。ただし、気分の落ち込みや意欲の低下、不眠、食欲低下などの心身の不調が続いている場合には、産業医や医療機関など専門家への相談につなげることも必要です。
ハイブリッドワークでは、企業や管理職による環境づくりだけでなく、働く本人が意識して人とのつながりを保つことも大切です。無理に交流を増やす必要はありませんが、自分にとって必要なコミュニケーションの機会を確保し、困ったときに一人で抱え込まないようにしましょう。
たとえば、テレワークが続く場合には、オンラインでも意識的に同僚や上司と話す予定を入れる、出社日には対面でのコミュニケーションを意識する、といった工夫が考えられます。業務上の疑問や悩みも、「これくらいなら自分で何とかしよう」と抱え込まず、早めに周囲へ相談することが大切です。
また、職場だけでなく、家族や友人など職場外の人間関係を維持することも、日常のつながりを保つうえで重要です。仕事以外の時間にも、自分が安心して話せる相手や居場所を持っておくとよいでしょう。
あわせて、睡眠や食欲、気分、仕事への意欲など、普段と比べた自分自身の変化にも目を向けてみてください。眠れない、気分の落ち込みが続く、仕事に手がつかないといった不調が続く場合には、一人で抱え込まず、上司や人事、産業医、医療機関などに早めに相談することが大切です。
ハイブリッドワークそのものが健康に悪いわけではありません。通勤負担の軽減や柔軟な働き方ができるなど、多くのメリットがあります。一方で、働く場所が分散することで、職場で自然に生まれていた雑談や相談の機会が減り、人とのつながりを感じにくくなることがあります。
孤独感は単なる寂しさの問題ではなく、メンタルヘルスをはじめ、さまざまな健康問題との関連が指摘されています。だからこそ、企業や管理職には、「出社かテレワークか」という働く場所だけに目を向けるのではなく、働く人が必要なときに周囲とつながり、相談できる環境を整える視点が重要です。
ハイブリッドワークのメリットを活かしながら、コミュニケーションの機会や相談体制を意識的に設計することが、これからの職場における健康管理の一つといえるでしょう。