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福利厚生に迫られる「同一労働同一賃金」問題を考える

福利厚生に迫られる「同一労働同一賃金」問題を考える

山梨大学 名誉教授
西久保 浩二

1.改正のポイントと背景

 10月よりパートタイム・有期雇用労働者の待遇改善を目的として「同一労働同一賃金」に関する施行規則と告示が改正される。福利厚生の今後の運用とも密生な関係性のある改正となるので解説しながら、この問題への対応について改めて考えてみたい。


 今回の主な改正ポイントとされるのは以下の三点である。最初にその背景と経緯について整理してみた。


 まず第一は「明示事項の追加」である。これは労働条件通知書等へ「待遇の相違の内容・理由について説明を求めることができる旨」の記載を義務化する改正となる。ここでの説明を求める権利はこれまでもあったのだが、事実上、ほとんど実行されなかった。つまり、施行レベルが極めて低かった。
確かに、労働者側から人事・経営層に「なぜ ?」と問い合わせることは躊躇される。そこで改めて雇用時、契約更新時などに提示される労働条件通知書などへの明記を義務づけたのである。「なぜ?」と問い合わせやすいようにある種の「きっかけ」をつくって心理的抵抗感を緩和する狙いである。


 第二は「同一労働同一賃金ガイドライン」そのものの改正である。これは大手運輸企業などで続いた企業側敗訴の判例(2018年、2020)を踏まえての改正とみられている。反映された内容としては「賞与、退職手当、家族手当、住宅手当の各種手当、夏季冬季休暇、そして福利厚生などの『差』についての判断の考え方を明確化すべき」とされた。
実際のガイドラインでは事例として例えば、家族手当は相応に継続的な勤務が見込まれるパートタイム・有期雇用労働者に対し、正社員と同一の手当を支給しなければならないとされた。また、住宅手当は、正社員と同一の転居を伴う配置の変更があるパートタイム・有期雇用労働者に対し、正社員と同一の手当を支給しなければならないと明記された。夏季冬季休暇、褒賞、病気休職についてもほぼ同様の記載がある。旧ガイドラインでは具体的な支給基準の記述が曖昧で、企業側にも格差が違法か、適法かを判断しづらいとの批判があったことへ対応である。


 そして第三が「雇用管理措置の見直し」である。これは待遇差を説明する際の方法の明確化や、正社員転換制度の実績の明示、公表の推奨などがその内容である。要するに、非正社員のこれからのキャリアアップ(正社員化)をさらに促進、後押しするための改正である。
人手不足の深刻化が進行するなかで、より多くの業務量を担えるように正社員としての登用の必要性、重要性は高まっている。もちろん、非正社員本人の様々な事情や希望の働き方があり、尊重されるべきものだが企業としてはキャリアアップの途が「確かにある」と知らしめる努力は重要であろう。加えて、こうした待遇説明の際に「資料の交付」が必須とされた点も大きい。口頭だけではなく、ある意味、「証拠書類」となるからである。

 

2.いかに対応すべきなのか

 さて、御覧いただいたように「同一労働同一賃金」をより実効性のあるもの、そして是正のスビートアップを狙った改正であることは間違いない。

 こうした動きを福利厚生の側からどう捉えるべきなのか、改めて考えてみたい。

 まず、この「同一労働同一賃金」という表現がなかなかしっくりこない。福利厚生は賃金でないからである。最も妥当な表現は「同一機会、同一給付」であろう。つまり、一方的な給付ではなく、自由に、格差なく選択できる機会を提供し、内容的に不合理な格差のない同等の給付が求められている。以降、福利厚生については「同一機会、同一給付」と表記する。

 そして大前提として現在の非正規雇用の労働者の位置づけを再確認する。非正規雇用比率は最新値(2025年、労働力調査)でみると、全体で36.5%、男性、22.3%、女性52.4%にまで達している実態がある。「宿泊業,飲食サービス業」「生活関連サービス業」「卸売業,小売業」などでは7割台、5割にまで来ている。要するに非正規雇用無くしてビジネスモデルとして成立しない段階といってよかろう。

 この同一労働同一賃金の議論が本格的にスタートしたのは2016年、第二次安倍政権における経済政策、「一億総活躍社会の実現」のなかで「同一労働同一賃金の実現」が明言された事に始まる。当時、非正規雇用比率が4割を超えようとしていたタイミングである。

 実態としてはこの非正規雇用比率は当時より高まっておらず、やや低下傾向といえる。これは「不本意非正規」、つまり非正規に納得していない労働者が減少し、正社員への移行が進んだためである。特に就職氷河期世代などの正規雇用が進展した。もちろん、近時の人手不足が追い風であることは言うまでもない。

 一方で「積極的非正規」と呼ばれる、「自分の都合の良い時間に働きたい」「育児・介護などと両立して働きたい」とする層が残存し、増加した。

 要するにある意味、安定的な比率として4割弱の非正規雇用を前提とした雇用管理、労働力管理を考える必要がある。福利厚生も当然、この文脈に従うしかない。

 そしてこれまでの長い非正規雇用拡大の経緯に伴って彼らの「基幹化」が着実に進んできた。これは非正社員において正社員との比較において「職務の同一化」「責任の重層化」そして「長期勤続化」が進んできたのである。この「基幹化」の恩恵を企業は享受してきたといってよい。

 こうした大きな流れ、つまり非正社員の実質的な戦力化が進行してきた経緯を考えると福利厚生という施策においても「不合理な格差」が意味をなさなくなってきたと考えるべきであろう。

 そして福利厚生における「同一機会、同一給付」は企業の法令順守の議論であって慣習改善といった甘い議論ではないことを再認識することも重要だ。「パートタイム・有期雇用労働法」第89条を核に。「労働者派遣法」「労働契約法」にも条文明記されている。

 これら法令の基本的根拠は「不合理性」とされる。支給額、利用機会などに合理的な根拠なく非正規雇用者を排除することが法的に許されないのである。

 先述の近年の判例を見ると、筆者は、福利厚生は賃金以上に厳しい判断が示されているとみている。それは福利厚生のもつ「対価性の希薄さ」という特性が要因である。職務内容、職種、遂行能力などの違いが存在することで、賃金での差異が「合理的」と判断される事は多々ある。これは賃金が一定の労働内容や責務との「対価性」が前提であり、それが認められている報酬だからである。

 しかし、福利厚生はそうした職務、職種等々に無関係にこれまで正規労働者に利用が認められてきており、まさに労働の対価、ではなく就労(勤務、在籍)の対価として利用できる報酬となってきた。そのために非正規雇用の労働者だけを社内の福利厚生を利用する事に門を閉ざす事に、基本として全く合理性が説明できないのである。つまり、利用機会の格差は「不合理」としか評価されない。先の2020年の大手運輸業の最高裁判決においても「生活支援手当の格差、非正規に支給・付与しないことは不合理(違法)」と明確に判断された。

 賃金以上に福利厚生には「待ったなし」の状況と言ってよかろう。


 図表には正社員と非正社員での利用格差についてのエビデンスを示した。回答した正規、非正規双方の従業員が「必要としていて、実際に勤務先企業にその施策があって、自らが利用した経験のある制度・施策」を正社員の利用率の高い順に20種の制度・施策を列挙し、非正社員との格差も算出している。2018年公表の調査でやや古いデータであるが、個々の制度・施策別にみても両者の格差は歴然である。ここに利用機会としての格差は確実に存在していると予想される。つまり、違法状態ともいえなくもない。

 そして重要な点は質、量ともに不可欠な戦力となった非正社員であるが故に、改めて「投資としての福利厚生」という視点で考えるべきではなかろうか。非正規市場における採用力を高め、定着を促し、そしてエンゲイジメントを高揚させるために、彼らのどのようなニーズとリスクを応えるべきなのか。おそらく、正社員とは異なるニーズ、リスクを抱えているはずである。これらに丁寧に応えることで、この問題を単なる人件費増加で終わらせず、労働生産性を高め、効果的な「福利厚生投資」として、さらには企業力の向上策として活用していただきたいのである。


データ出所 . (独行)日本労働研究研修機構 2018年調査(企業・従業員) n=2809/8298

 

 


西久保浩二氏顔写真

この記事の講師

西久保 浩二山梨大学 名誉教授

一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会(総務省)」座長
国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当)等を歴任


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