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「カスタマーハラスメント」から従業員の心を守る処方箋

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医師
市川 峰大

 

カスタマーハラスメント(カスハラ)は、従業員への暴言や威圧的な言動、不当な要求などにより、就業環境を損なう深刻な問題です。近年では、SNSの普及や顧客ニーズの多様化などを背景に、業種を問わず多くの企業で対応が求められるようになっています。


カスタマーハラスメントは、単なる顧客対応のトラブルではありません。従業員のメンタルヘルス不調や休職・離職を招くだけでなく、生産性の低下や企業イメージの悪化など、組織全体にも影響を及ぼす可能性があります。


こうしたリスクを防ぐためには、カスタマーハラスメントを正しく理解し、従業員を守るための体制を組織として整えることが重要です。本記事では、カスタマーハラスメントの定義や従業員への影響、企業に求められる対策について、医学的・法的な観点を交えながら解説します。


1.カスタマーハラスメントの定義

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客や取引先などからの要求や言動のうち、その内容や手段・態様が社会通念上不相当であり、従業員の就業環境を害するものを指します。厚生労働省は、「顧客等からのクレーム・言動のうち、要求内容に妥当性を欠くもの、または要求内容に妥当性があっても、その実現手段・態様が社会通念上不相当なものであり、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています(出典元※1)。

一方で、すべての苦情やクレームがカスタマーハラスメントに該当するわけではありません。
商品やサービスの不具合に対する改善要望や、適切な説明を求める申し出などは、企業にとってサービス向上につながる正当なクレームです。

しかし、暴言や人格否定、長時間にわたる拘束、土下座の要求、不当な金銭請求、SNSへの投稿をほのめかして過度な要求を行う行為などは、正当なクレームの範囲を超えたカスタマーハラスメントとなる可能性があります(出典元※1)。

企業は、顧客の正当な意見には誠実に対応しつつも、従業員の安全や尊厳を守るため、両者を適切に区別することが重要です。


出典※1:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」

 

 

 

1-1 なぜ今、企業の課題となっているのか

近年、カスタマーハラスメントは一部の接客業だけではなく、医療・介護、行政、運輸、小売業など幅広い業界で問題となっています。

その背景には、SNSや動画共有サービスの普及により、従業員を撮影した動画や店舗で発生したトラブルが瞬時に拡散されるようになったことがあります。その結果、企業の社会的信頼やブランドイメージへの影響が大きくなり、カスタマーハラスメントへの適切な対応が求められるようになっています。

また、「すぐに責任者を呼べ」「納得するまで帰らない」といった過度な要求や長時間の拘束は、従業員に大きな精神的負担を与えます。こうした対応が繰り返されることで、不安や不眠、抑うつなどのメンタルヘルス不調を招き、休職や離職につながるケースも少なくありません。

そのため、カスタマーハラスメントは単なる顧客対応の問題ではなく、従業員の健康を守り、安心して働ける職場環境を維持するために企業が取り組むべき重要な経営課題となっています。



2.カスタマーハラスメントが従業員に与える影響

カスタマーハラスメントは、従業員が「嫌な思いをする」だけの問題ではありません。暴言や威圧的な言動、不当な要求を繰り返し受けることで、心身の健康が損なわれ、休職や離職につながることもあります。また、従業員個人への影響にとどまらず、職場全体の生産性や組織運営にも悪影響を及ぼすため、企業として適切な対策を講じることが重要です。



2-1 心身への影響

人は強いストレスを受けると、心身にさまざまな不調が現れることがあります。
理不尽な要求や暴言を繰り返し受ける状況では、ストレス反応が持続し、心身への負担が蓄積することで、以下のような症状が現れることがあります。

  • 頭痛
  • 不眠
  • 不安感
  • 抑うつ気分
  • 集中力や判断力の低下
  • 動悸
  • 胃痛や腹痛などの消化器症状


これらの症状は本人が「疲れているだけ」と見過ごしやすく、適切なケアが遅れる原因にもなります。そのため、企業は従業員の小さな変化にも目を向け、相談しやすい環境を整えることが重要です。



2-2 放置することで生じるリスク

カスタマーハラスメントを放置すると、一時的なストレスでは済まないケースがあります。繰り返し精神的な負担を受けることで、うつ病などの精神障害を発症し、労災認定に至るケースもあります。また、従業員の心の健康を維持・増進するためには、企業が継続的なメンタルヘルス対策に取り組むことが重要とされています(出典元※2)。


また、従業員の心身の不調は、休職や離職につながるだけでなく、職場全体にも影響を及ぼします。人員不足による業務負担の増加、職場の雰囲気の悪化、サービス品質や生産性の低下などが生じれば、企業にとっても大きな損失となります。


カスタマーハラスメントは「顧客対応の一場面」と捉えるのではなく、従業員の健康を守り、組織全体のパフォーマンスを維持するための健康経営・リスクマネジメントの課題として取り組むことが重要です。

出典※2:厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」

 

 

3.企業に求められるカスタマーハラスメント対策

カスタマーハラスメントへの対応は、現場の従業員だけに任せるものではありません。
従業員が安心して働ける環境を整えることは企業の重要な責務であり、近年は法整備も進んでいます。
従業員を守るためには、組織としてあらかじめ対応方針や体制を整備しておくことが重要です。

 


3-1 企業の安全配慮義務と法的対応

企業には、従業員が安全かつ健康に働ける環境を整える「安全配慮義務」があります。労働契約法第5条に基づき、生命や身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮を行う義務があります(出典元※3)。

また、近年はカスタマーハラスメントへの社会的な関心が高まり2026年10月1日には、企業に対してカスタマーハラスメント対策を講じることを義務付ける改正労働施策総合推進法が施行されます。企業には基本方針の策定や相談体制の整備、適切な対応手順の構築など、組織的な対策を講じることが求められています(出典元※4)

 

出典※3:e-Gov法令検索「労働契約法(第5条:労働者の安全への配慮)」


出典※4:厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」

 



3-2 組織として整えたい対策


カスタマーハラスメントは、発生してから対応を考えるのではなく、平時から備えておくことが重要です。厚生労働省は、企業が取り組むべき対策として、対応方針の明確化や相談体制の整備、教育・研修などを挙げています(出典元※5)。

具体的には、以下のような体制を整えておくとよいでしょう。

  • 対応マニュアルの整備:対応範囲や対応手順を明文化し、従業員が迷わず行動できるようにする。
  • 相談窓口・報告体制の整備:一人で抱え込まず、速やかに上司や担当部署へ相談できる体制を整える。
  • エスカレーションルールの策定:対応困難なケースでは管理職へ引き継ぐ基準や判断フローを明確にする。
  • 記録の活用:日時や対応内容を詳細に記録し、事実確認や再発防止に役立てる。
  • 警察・弁護士との連携:脅迫や暴力、執拗な迷惑行為など悪質なケースでは、企業だけで抱え込まず、警察や弁護士などの専門機関と連携して対応する。



こうした仕組みを整備しておくことで、従業員が安心して業務に取り組めるだけでなく、対応の属人化を防ぎ、組織として一貫した対応が可能になります。

 

出典※5:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」

 


4.従業員の心を守るために企業ができること

カスタマーハラスメントへの対策は、問題が発生した後の対応だけでは十分とはいえません。従業員が安心して相談できる環境や、メンタルヘルスを支える仕組みを日頃から整えておくことで、心身への負担を軽減し、休職や離職の予防にもつながります。


 

4-1 メンタルヘルス対策を日常から行う

従業員の心の健康を守るためには、継続的なメンタルヘルス対策が欠かせません。

具体的には、管理職に対してカスタマーハラスメントへの適切な対応方法や、部下のメンタルヘルス不調のサインを早期に察知するための教育を実施することが重要です。また、ストレスチェック制度を活用して職場のストレス状況を把握し、必要に応じて職場環境の改善につなげることも有効です(出典元※6)。

(※現在、50人以上の事業場に義務付けられているストレスチェック制度ですが、法改正により2028年4月1日からは50人未満の事業場でも義務化されることが決まっています。)

さらに、産業医やメンタルヘルス対策支援センターなどの事業場外資源を活用することで、従業員が安心して相談できる環境を整えやすくなります。相談窓口を社外にも設置すれば、心理的ハードルが下がり、早期の相談や迅速な支援へとつながりやすくなります。

 

出典※6:厚生労働省「ストレスチェック制度について」

 


4-2 「我慢しなくてよい職場」をつくる

カスタマーハラスメントによる被害を防ぐためには、「我慢することが当たり前」という職場風土を見直すことも重要です。

従業員が一人で対応を抱え込まず、困ったときにはすぐに上司や管理職へ相談できる雰囲気づくりや、「従業員を組織として守る」という企業の姿勢を明確に示すことが、安心して働ける職場づくりにつながります。


また、カスタマーハラスメントが発生した際には、その場限りの対応で終わらせず、事例を振り返りながら対応手順やマニュアルを見直すなど、継続的な改善を行うことも大切です。こうした積み重ねによって、同様のトラブルの再発防止だけでなく、組織全体の対応力向上にもつながります。


従業員が安心して働ける環境は、企業の持続的な成長を支える重要な基盤です。カスタマーハラスメント対策を「問題が起きたときの対応」ではなく、「従業員の健康を守るための取り組み」として継続していくことが求められます。

 


5.まとめ

カスタマーハラスメントは、接客上のトラブルではなく、従業員の心身の健康や企業活動に影響を及ぼす重要な課題です。そのため、現場の従業員だけに対応を任せるのではなく、組織全体で従業員を守る体制を整えることが求められます。

企業には、安全配慮義務のもと、相談体制や対応マニュアルの整備、管理職教育、メンタルヘルス対策などを通じて、安心して働ける職場環境を構築する責任があります。医学的な視点から従業員の健康を守る取り組みと、法的な視点から適切な対応体制を整えることは、休職や離職の予防にもつながります。

従業員が安心して働ける職場は、生産性やサービス品質の向上、企業への信頼にもつながる重要な基盤です。カスタマーハラスメントを「個人の問題」ではなく「組織全体で取り組むべき課題」と捉え、継続的に対策を見直していくことが、企業の持続的な成長につながるでしょう。

 


市川峰大氏顔写真

この記事の執筆

市川 峰大

滋賀医科大学卒業。内科専門医・腎臓専門医として、急性期医療から慢性期・在宅医療まで幅広い内科診療に従事。
その後、エムスリー株式会社にて製薬企業向けマーケティング支援や医療コンテンツ戦略に携わり、臨床とヘルスケアビジネス双方の経験を培う。
現在は日本医師会認定産業医として働く世代の健康支援に携わるほか、株式会社ウェルネスでは経営層20名以上のパーソナルドクターとして、人間ドックのフォローや疾病予防、生活習慣改善、適切な受診支援に従事。
臨床現場と企業双方での経験を活かし、働く人の健康と企業の生産性を見据えた実践的な健康支援を重視している。


川合厚子氏顔写真

この記事の監修

川合 厚子

自治医科大学卒業。総合内科専門医・精神科専門医としての専門性を活かし、日本医師会 認定産業医および労働衛生コンサルタントとして、企業のメンタルヘルス対策や働く人の心身の健康支援に注力。
日常診療の傍ら、REBT(合理感情行動療法)や動機づけ面接などの心理療法・行動変容アプローチの研鑽を重ね、産業現場での実効性の高いメンタルヘルスケアや面談を強みとしている。
医学博士、精神保健指定医、公認心理師。


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