山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二
2019年12月1日、新型コロナ感染症の最初の患者が中国の武漢で原因不明の肺炎の発症が確認された。わが国では1月16日,神奈川県内で国内第1例目となる症例が発生した。武漢旅行歴のある感染者だった。
この当初の動きから、コロナ禍は既に二年を経過し、三年目に入ったことになる。
こうしてコロナ禍が長引くなかで、厚生労働省から昨年末に発表された二つのデータが注目されている。
ひとつは妊娠届け出数である。(図表1)の詳しい月別推移をみていただければ一目瞭然だが、コロナ禍が始まって以来、月別のバラつきはあるが届け出数が顕著に減少している。
コロナ禍で子育て環境は大きく変化した。
当初は、テレワークの拡がりで在宅できる時間が増えたことから、出産・育児との仕事との両立が容易になったのではないか、と楽観視されていた。しかし、緊急事態宣言下で、休校、休園、そして登園自粛、さらには子育て支援施設や児童館、図書館、公園なども利用制限が始まると子育て世帯の仕事との両立環境は悪化するようになった。
言うまでもないが、育児休業・休暇では、基本的に就業しなくてよいわけだが、テレワークとなれば当然、業務時間内での執務が求められる。そこに、休校・休園等で一日中、在宅する子供が同居していると、子育て負担、家事負担が長時間、重く圧し掛かる。
こうした状況では、二人目出産を躊躇するだけではなく、まだ子供のいない世帯でも出産・育児の困難さを感じて思い止まることも容易に想像される。
図表1 妊娠届出数の推移
厚生労働省 Press Release(令和2年12月)
もうひとつ、もっと気になるデータが(図表2)である。
それが婚姻数の推移である。
上記の妊娠数の先行変数ともいえるデータだが、こちらはショッキングな数値となっている。令和二年度は総計で525,000件で、このグラフでの統計で昭和22年以来の最低値となってしまった。ピーク時の昭和47年の109万人と比べると半減である。コロナ禍以前までも緩やかに減少してきたわけだが、直近では非連続的な動きとして大きく落ち込んだ。対前年比で-12.7%である。婚姻率は人口1,000人当りの婚姻件数を示すものだが、こちらも4.7%と最低値である。
図表2 厚生労働省 人口動態統計速報より
日本総研(2021)が近年の婚姻件数の対前年比だけを取り出してグラフ化しているが(図表3)、これをみれば、いかに急激な動きであることがよくわかる。
図表3 婚姻数の対前年比の推移
今川(2021) 経営コラム「2020年の婚姻件数とコロナ禍に求められる出会い(日本総研)」より抜粋
婚姻数、つまり結婚するカップルが減っている要因は何だろう。
これはなかなかに難しいというか、色々な理由が考えられる。
まずは、「三密」要請で、従来のような結婚式、披露宴の開催が物理的に困難となってしまったことから、婚姻手続きを先延ばししている可能性は高いだろう。ただし、筆者の周囲の身近な親族・友人・知人の話をうかがっていると、今の結婚適齢期世代は結婚式と入籍は別個の、つまりタイムラグあたりまえの習慣(?)となっているようだ。つまり、籍だけをまず入れてから(入籍)、結婚式は後ほどゆっくりと、という流れである。とすれば、「三密」説は説得力がない。
もっと深刻な理由も考えられる。
コロナ禍によって観光、流通、外食などいわゆる「コロナ7業種」と呼ばれる業界では、企業業績の悪化が懸念されている。これら業界では従業員に強い将来不安をもたらしていることは間違いないだろう。そうした悲観的な将来展望のなかで、なかなか積極的に結婚とはいかないだろう。しかし、この不況的要因についてはリーマンショックなど世界的な不況もあったわけだが、今回のような大きな落ち込みとはならなかった。
では何がコロナ禍特有の要因なのか、
婚姻数に関しては、筆者は適齢期の独身男女のビジネンマン、ビジネスウーマンがテレワーク・モードになってしまい、今も婚姻のきっかけ、出会いの場のランキング最上位となっている「職場」がリモート化、バーチャル化してしまったからではないか、とも推察する。
しかしこれも婚姻率についてはある程度、説明はつくが妊娠届出数の動きを説明することは難しい。
古い話で恐縮だが、1965年ニューヨークで起こった大停電の9か月後にニューヨークでの出生率が大幅に上がったことにある。
停電もベビーブームも事実ではあるが、都市伝説ともいわれている。だが、在宅時間が長引くことは妊娠届出数という統計値にとっては追い風となってもおかしくないのである。しかし、わが国では米国と真逆の動きとなっている。まぁ、社会環境や価値観が当時とは大きく変化しているから、在宅時間が即座に妊娠届出数に結びつくことはないのだろうが。
ともあれ、婚姻数、妊娠数ともに大きく下振れした以上、今後、困難とも言われている少子化に加速がつく危険性があることは間違いない。
企業として、こうした動きに対して、新たな対応が求められるのだろうか。つまり、出産・育児への両立支援への新たな対応である。
1990年のいわゆる「出生率、1.57ショック」以来、わが国は、国、自治体、企業が総力をあげて少子化への対策、すなわち出産・育児と仕事との両立に取り組むこととなった。
1994年の「エンゼルプラン」に始まり、「新エンゼルプラン(1999年)」「少子化対策基本法(2003年)」などが整備され、2003年には「次世代育成支援対策推進法(2003年)」が成立、公布された。
この推進法以降、企業等に対する行動計画の策定、実行が強く求められ、加えてクルミン・マーク認定制度など企業に対するインセンティブ対応も始まった。その後は短時間勤務、育児休暇の上乗せ、事業所内託児施設、育児相談など様々な対応が行われた。また婚活支援なども様々に展開された。少子化対策が女性への採用力向上と相まって福利厚生にとって大きなテーマとなったのである。
企業による結婚・出産・育児と仕事との両立支援の有効性はこれまでも多くの実証研究によって確認されてきた。滋野・大日(2001a)、川口・坂爪(2004)、山口(2005, 2009)、戸田(2012)など数多くの研究で、育児休業、事業所内保育施設、この看護休暇などの制度対応や、それらを利用しやすい運用環境が結婚、出産に好影響を及ぼすことを検証してきた。
また、武石(2006)、厚生労働省(2006)では両立支援が従業員個人の行動レベルへの影響だけではなく、企業にとっての採用力、定着性などの効果があることが確認されている。つまり両立支援への投資が経営的効果をもたらすことも確認されている。
ただし、これまでの多くの検証は、コロナ禍以前の状況下での検証であることを踏まえる必要がある。
つまり、現在のようにテレワークなど働き方が大きく変わり、また保育施設への登園自粛、子育て支援施設や児童館、図書館、公園なども利用制限といった異常な事態もあって以前とは外部環境が大きく変わっている。したがって企業がこれまで提供していた既存制度やその対応が、新たなリモート環境下でも有効性であるかの再検証が重要となる。
コロナ禍終息の見通しが再び見えづらくなるなかで、Withコロナ時代であっても有効な両立支援、婚活支援とは何かを再考する時期にあると考えられる。
西久保 浩二
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授
一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。
<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。
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