心療内科医 産業医
内田さやか
■近年の自殺動向■
日本の自殺死亡率が高いということはどこかで聞いたことがあるでしょうか。しかし、その数が交通事故死亡者数の7倍に及んでいることはご存知でしょうか。15~39歳の日本人の死因第1位が自殺である、これが日本の実情です。
自殺者数の推移は平成10年に急増した後、14年連続して3万人を超える高い状態が続いていましたが、近年は減少傾向にあります。平成24年以降、5年連続で3万人を下回っており、28年は2万1,897人でした。60歳以上が最も多く、50歳代、40歳代が多くなっていますが、若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは、先進国では日本のみとなります。
<年齢階層別(10段階級)の自殺者数の推移>
<平成27年における死因順位別にみた年齢階級・死亡率・構成割合>
原因・動機別の状況についてみると、原因・動機特定者は1万6,297人(74.4%)であり、そのうち原因・動機が「健康問題」にあるものが1万1,014人で最も多く、次いで「経済・生活問題」(3,522人)、「家庭問題」(3,337人)、「勤務問題」(1,978人)の順となっており、この順位は前年と同じでした。
■日本における自殺対策■
平成18年施行の自殺対策基本法に基づく自殺対策の基本指針である「自殺総合対策大綱」では、我が国の自殺をめぐる現状を整理するとともに、次の3つの基本的な認識が示されています。
①自殺は「追い込まれた末の死」:自殺は、個人の自由な意思や選択の結果と思われがちだが、実際には、健康上の悩みをはじめ、倒産・失業・借金などの経済・生活問題、家庭問題等、さまざまな要因が複雑に絡みあった結果、心理的に追い込まれた末の死である。また、自殺者の多くは、自殺の直前にうつ病などの精神疾患を発症している。
②防ぐことができる自殺がある:うつ病などの精神疾患への適切な治療により、自殺は防ぐことができる。
③自殺を考えている人は悩みを抱え込みながらもサインを発している:自殺を図った人が、精神科医などの専門家に相談していないケースもある。家族や職場の同僚など、身近な人はそのサインに気づくことも多く、この気づきが自殺予防の第一歩である。
■職場におけるメンタル不調■
仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合は、平成25 年は52.3%と以前より低下したものの、依然として半数を超えている状況です。ストレスの内容(複数回答)をみると、「仕事の質・量」(65.3%)が最も多く、次いで、「仕事の失敗、責任の発生等」(36.6%)、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む。)」(33.7%)となっています。また、「ノルマの未達成」が関与し、労災認定された事例も多くあります。
<勤務問題による自殺対策の更なる推進>
①「働き方改革実行計画」も踏まえた長時間労働是正、
②パワーハラスメント防止等の推進
③職場におけるメンタルヘルス対策の推進
④産業保健と地域保健の連携を推進
■相談時の対応:自殺についての話題に向き合う■
自殺を考えていると打ち明けられた場合の具体的対応の方法として、「TALKの原則」があります。すなわち、誠実な態度で話しかける(Tell)、自殺についてはっきりと尋ねる(Ask)、相手の訴えに傾聴する(Listen)、安全を確保する(Keep safe)、のそれぞれの頭文字をあててのTALKです。
<TALKの原則>
Tell |
はっきり言葉に出して「あなたのことを心配している」と伝える。 |
Ask |
死にたい/消えたいと思っているかどうか、率直に尋ねる。 |
Listen |
相手の絶望的な気持ちに傾聴する。その気持ちを一生懸命受け止めつつ、自分は聞き役に回る。 |
Keep safe |
危ないと思ったら、まず本人の安全を確保し、周囲の人の協力を得て、適切な対処をする。 |
<サポートの種類とサポート授受のバランス>
相談者へは道具的サポート(仕事や家事を代わってあげるなど)、情緒的サポート(傾聴、声かけなど)の両方が必要とされています。バランスよく提供される場合、相談者は最もサポートされたと感じます。しかし、サポート関係というのは難しいもので、サポートのみ受けているという状況下、相談者は「自分は何もできない存在だ」という「みじめさ」を抱くのです。そのため対応時は、「貴方のおかげで助かっているよ」というメッセージを送り、本人の自己肯定感を保つことが重要です。
参考文献:厚生労働省「自殺対策白書」
内田 さやか
<略歴>
日本医科大学出身。厚生中央病院で研修後、東邦大学心療内科入局。現在は、都内クリニックでの心療内科診療と複数企業での産業医活動に従事している。人生観をも含めた深い関わり合いのできるメンタル医療やホリスティック医療を目指している。
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