
医師
市川 峰大
「以前より仕事に集中できない」
「疲れがなかなか取れず、やる気が出ない」
「ちょっとしたことでイライラする」
働き盛りの男性にこうした変化がみられても、本人や周囲は「仕事が忙しくて疲れているだけ」「年齢のせい」と考えてしまいがちです。
しかし、こうした不調の背景に『男性更年期障害(LOH症候群)』が隠れていることがあります。
男性更年期障害では、疲れやすさや体力の低下だけでなく、集中できない、やる気が出ない、気分が落ち込む、イライラするといった心の変化や、性機能に関する症状がみられることがあります。
こうした不調が続けば、普段どおりに仕事を進めることが難しくなったり、集中力や判断力が落ちたりして、仕事にも影響する可能性があります。
そのため、「本人のやる気の問題」「年齢だから仕方ない」と片づけてしまうのではなく、体調の変化の一つとして考えることが大切です。職場でも、従業員が自分の不調に気づき、必要なときに相談したり医療機関を受診したりできる環境を整えておくことが求められます。
本記事では、男性更年期障害とはどのようなものなのかをわかりやすく解説したうえで、仕事への影響や、管理職が部下の変化に気づくためのポイント、企業としてできる対策について、産業医の視点から解説します。
女性の更年期障害については広く知られるようになっていますが、男性にも加齢に伴う性ホルモンの変化によって、心身にさまざまな不調が現れることがあります。
男性ホルモンの一種であるテストステロンの低下に伴って特徴的な症状が現れる病態を「LOH(Late-Onset Hypogonadism:加齢男性性腺機能低下)症候群」と呼び、一般的には男性更年期障害として知られています。
女性の更年期では、閉経前後に女性ホルモン(エストロゲン)が大きく変動・低下します。
これに対して、男性のテストステロンは加齢に伴って徐々に低下していくため、「何歳から更年期」と明確に区切ることが難しいのが特徴です。
テストステロンの分泌量や低下する速度には個人差があり、慢性的なストレスなど加齢以外の要因も影響すると考えられています。このため、男性更年期障害は不調が現れる時期や症状の程度も人によって異なります。
さらに、血中のテストステロン値と症状の程度が必ずしも一致するわけではありません。数値だけで男性更年期障害と判断するのではなく、診断では症状と検査結果をあわせて評価します(出典元※1)。
男性更年期障害では、身体面や精神・心理面、性機能などに症状が現れます。代表的なものは以下のとおりです。
なかでも、疲労感や集中力、意欲・活力の低下などは、働く世代にとって見過ごせない症状です。
仕事を休むほどではなくても、日々の業務に影響が及ぶことがあります。
では、こうした不調は、実際の仕事の生産性とどのように関係しているのでしょうか。
次章では、働く男性を対象とした国内調査も交えながら解説します。
男性更年期障害による心身の不調は、仕事を休むほど重くなくても、集中力や業務効率などに影響することがあります。こうした「出勤はできているものの、本来の力を十分に発揮できない状態」は、企業の健康管理を考えるうえでも見逃せない課題です。
ここでは、欠勤を意味する「アブセンティーイズム」と対比しながら、男性更年期障害と仕事の生産性との関係をみていきます。
健康問題によって仕事を休んでいる状態を「アブセンティーイズム」と呼びます。これに対して「プレゼンティーイズム」とは、出勤していても、心身の健康上の問題によって本来の能力を十分に発揮できていない状態です。
欠勤であれば、勤怠情報などから企業側も把握できます。しかし、「集中力が続かない」「作業に以前より時間がかかる」「疲れて仕事が思うように進まない」といった変化は、出勤しているだけでは把握しにくいものです。
男性更年期障害では、このような形で仕事に支障をきたすこともあります。そのため、従業員の健康と生産性を考える際には、欠勤の有無だけでなく、プレゼンティーイズムにも目を向ける必要があります。
2026年に『産業衛生学雑誌』に掲載された調査では、35歳以上の男性従業員3,362人を対象に、男性更年期障害に関する健康課題やヘルスリテラシー、プレゼンティーイズムとの関連が検討されました。
調査の結果、更年期症状が重いほど、プレゼンティーイズムによる生産性低下が大きい傾向が認められました。さらに、症状がない群と比べて、症状がある群では仕事の生産性が低下していることも報告されています(出典元※2)。
こうした結果は、男性更年期障害が本人の健康や生活だけにとどまらず、働き方や企業の生産性にも関わる課題であることを示唆しています。
出典元※2:日本産業衛生学会「働く男性の更年期障害に関する健康課題・リテラシーの実態およびプレゼンティーイズムに関するパイロット調査」
男性更年期障害は、本人が不調を感じていても、その原因に気づかないまま過ごしてしまうことがあります。その背景には、症状に関する知識が十分に浸透していないことや、日常的な疲れなどとの区別がつきにくいことが挙げられます。
ここでは、男性更年期障害が見過ごされやすい理由について詳しくみていきましょう。
2026年に35歳以上の男性従業員を対象として行われた調査では、「男性更年期」という言葉を知っていた人は79.2%でした。しかし、具体的な症状を理解していた人は19.0%にとどまっています(出典元※3)。
たとえば、疲労感を「仕事が忙しいから」、集中力の低下を「年齢のせい」、意欲の低下を「最近やる気が出ないだけ」と受け止めることもあるでしょう。症状に関する知識がなければ、自身の体調変化を男性更年期障害と結びつけるのは難しく、受診や相談のきっかけを逃すことにもつながります。
出典元※3:日本産業衛生学会「働く男性の更年期障害に関する健康課題・リテラシーの実態およびプレゼンティーイズムに関するパイロット調査」
その一方で、中高年男性に心身の不調がみられたからといって、すべてを男性更年期障害と考えるのも適切ではありません。
疲労感や抑うつ気分、不眠、集中力の低下などは、男性更年期障害だけに現れる症状ではありません。うつ病などの精神疾患や睡眠障害、甲状腺疾患、貧血など、別の病気が背景にあるケースもあります。
症状だけから原因を特定することは難しいため、自己判断で済ませず、不調が続く場合には医療機関で適切な評価を受けることが大切です。
男性更年期障害は、本人が自覚していないこともあります。だからこそ、日頃から従業員と接する管理職が、普段との違いに気づくことには意味があります。
ただし、管理職が病気を見つける必要はありません。仕事ぶりや様子に変化がみられたときに、能力や意欲だけの問題として評価する前に、体調にも目を向けることがポイントです。
男性更年期障害の症状に当てはまる人を探すのではなく、日常のマネジメントを通じて「いつもと違う様子」がないかを確認します。
たとえば、次のような変化が目安になります。
これらは男性更年期障害に特有のサインではありません。病名を推測するのではなく、これまでとの違いを捉えることが管理職としての第一歩です。
ミスや業務の遅れが続けば、「最近やる気がない」「もっとしっかりしてほしい」と感じることもあるでしょう。しかし、体調不良によって思うように働けていないケースも考えられます。
気になる様子が続く場合には、「最近疲れているようですが、体調は大丈夫ですか?」など、相手を責めない形で声をかけてみましょう。
その際、「男性更年期障害なのでは?」と尋ねたり、性機能などプライベートな内容まで聞き出したりすることは避けます。ここでの目的は原因を突き止めることではなく、本人が体調や仕事上の困りごとについて話せるきっかけをつくることです。
個々の管理職による気づきや声かけに加えて、会社としての仕組みも欠かせません。従業員自身が健康について学び、不調を感じた際に相談し、必要な支援を受けられるよう、社内の体制を整えておきましょう。
ここでは、企業として取り組みたい4つの対策を紹介します。
まず取り組みたいのが、正しい知識の普及です。社内研修や社内ポータル、健康情報の配信などを活用し、男性更年期障害の症状や相談先について情報を届けましょう。
目的は、従業員に自己診断を促すことではありません。自分自身の体調を振り返り、気になる症状があれば相談するという行動につなげることです。
体調の変化を自覚しても、「誰に相談すればよいのかわからない」という状態では、そのまま抱え込んでしまうことがあります。
産業医や保健師などの産業保健スタッフ、人事・健康管理部門、外部相談窓口など、利用できる窓口と利用方法を従業員に周知しておきましょう。
厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」でも、事業場内外の専門職や相談機関などを活用し、職場のメンタルヘルスケアを継続的かつ計画的に進めることが示されています(出典元※4)。
症状が続く場合は、医療機関での評価が必要になることがあります。男性更年期障害は泌尿器科などで相談できます。抑うつ症状が強い場合には、精神科や心療内科への受診が選択肢となるケースもあります。
どの診療科を受診すべきかわからない従業員に対しては、産業医などが相談を受け、状態に応じた受診先を案内する方法もあります。社内の相談窓口と外部の医療機関との役割を分けておくと、受診までの流れが明確になります。
治療を始めた従業員が働き続けるためには、症状や治療内容に応じた就業上の配慮が求められる場合があります。たとえば、通院時間の確保、勤務時間や業務量の調整などが考えられます。
2026年4月には、改正労働施策総合推進法の施行により、治療と就業の両立支援が事業主の努力義務となりました。疾病を抱える労働者が治療を受けながら就業を継続できるよう、事業主には必要な措置を講じることが求められています(出典元※5)。
男性更年期障害も、症状や治療状況によっては就業上の配慮が必要です。既存の両立支援の仕組みを活用しながら、個々の状況に応じて対応していきましょう。
出典元※5:厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」
男性更年期障害への理解を深めることは大切ですが、「40~50代の男性だから男性更年期障害だろう」と決めつけたり、男性だけを対象とした特別な制度を設けたりすることが対策の目的ではありません。
企業が目指したいのは、年齢や性別、病名にかかわらず、従業員が心身の変化を感じたときに声を上げやすく、状況に応じたサポートを受けられる職場です。男性更年期障害への取り組みも、そうした職場づくりの一つとして捉えるとよいでしょう。
働く人の健康を支えることは、本人の生活の質を保つだけでなく、プレゼンティーイズムの抑制や組織全体の生産性を考えるうえでも欠かせません。男性更年期障害を個人だけの問題にせず、従業員が健やかに働き続けられる組織づくりにつなげていきましょう。