1. TOP
  2. 専門家記事
  3. 静かな退職、その傾向と対策

静かな退職、その傾向と対策

静かな退職

山梨大学 名誉教授
西久保 浩二

近時、わが国の労働界隈でも表題にある「静かな退職(Quiet Quitting)」が話題に上ることが多くなった。関連書籍も多数、出版されているため、読者諸兄には既にお聞き及びのことと思う。この現象というか、働き方は、実際に会社を辞めるわけではなく、働き続けるのだが、与えられた職務を最小限、淡々とこなし、無理をせず、提案、意見具申など積極的な関わりを回避するような、かなり消極的な働き方とされる。もちろん、当人にとっては労働ストレスを和らげ、ワークライフバランスを回復させるものでもある。

これは米国発の新たな働き方である。2022年、キャリアコーチをしていたブライアン・クリーリー(Bryan Creely)氏がSNSに投稿し、ニューヨークのエンジニアであるザイド・カーン氏(Zaid Khan)氏がTikTokに投稿した動画が大バズりしたことを契機に世界的に認知が拡がった。文字通り、現場での観察から発見されたもので、労働研究などから見出されたものではない。

こうした話題を集めた働き方だが、その源流といえるものは古くからあったといえる。

例えば、わが国では「窓際族」という言葉が流行った時期もあった。出世街道から外れてしまい、閑職に追いやられた中高年社員が淡々と職務をこなす姿を現したものである。大部屋主義であった当時の日本では年長者には、敬意を示すという点から上座、つまり「窓」に近いところに配置されることに起因する呼称である。

あるいは若年層には「社内ニート」という表現が出現したこともある。やる気が無く、積極的に職務に取り組もうとしないため社内失業に近い状態にある若手社員を表現したものである。就職氷河期を乗り越えられずに至ったニート(NEET : Not in Employment, Education, or Training(雇用、教育、訓練のいずれにも参加していない)が定義のとおり、若者無業者であったが、社内にあっても同様の状態の者たちが発生している事を表したのである。

他にも類似するものとして「ぶらさがり社員」「サイレント退職」「バーンアウト」「寝そべり族(中国)」などがある。いずれも、あまり生産性の高い働き方とはいえないものばかりである。

この「静かな退職」なる働き方、決して少数派ではない、という怖い調査*1もある。大手就活支援企業であるマイナビ社が2025年に発表した調査では20~59歳の男女正社員815名の回答を得た中で、「実際には退職をせずに、やりがいやキャリアアップは求めずに決められた仕事を淡々とこなすこと」と定義を示した上で、「そう思う」から「そうは思わない」までの5件法を用いて自身が該当するかどうかの設問を行っている。

結果は「そう思う」と「ややそう思う」と自己を「静かな退職」状態と評価した層が全体の44.5%となった(図表1)。年代別に大きな差異はなかったが、最も多かったのはやはり若い20代で46.7%であった。しかし、社内の4割を超える社員が静かに退職してしまっている企業は一体、どうなるのやら、と老爺心ながら心配になる。

図表1 年代別の「静かな退職」

年代別の「静かな退職」マイナビ社 調査2025より抜粋


なぜこうした働き方が世界的に拡がったのだろうか、

嚆矢となった米国での背景として語られるのは苛烈な競争社会のなかで信奉されてきた「ハッスル・カルチャー(Hustle Culture)」への反発、アンチテーゼであるという解説である。脇目も振らず、仕事一筋の生活で、家族も顧みず猛烈に働くことで競争に勝ち抜いていこうという熱い働き方に疲れた者たちからの否定であり、反発である。いわゆるZ世代などを中心に支持を集めた。

この背景はわが国にも通じる反動現象といえるかもしれない。かなり時間差はあるが、高度成長期の働き方とされた「モーレツ社員」「企業戦士」「社畜」などと対軸にあるものが「静かな退職」であろう。

この「静かな退職」だが、人的資源管理、さらに人的資本経営時代の労働生産性管理という観点からは、当然、歓迎されるものではなかろう。

米国で始まる以前、その予兆はかなり前からわが国にはあったように思う。

それを示すものは令和元年(2019)の労働白書のなかで紹介されていた、ワーク・エンゲイジメントの国際比較である(図表2)。エンゲイジメント尺度の開発者であるSchaufeli,が提唱した(Utrecht Work Engagement ScaleUWES)を使った比較分析において対象国16か国のなかでわが国の労働者の平均スコアは、断トツの最低値を記録している。この分析が発表された論文*2では「日本人がポジティブな感情や態度の表出を抑制するのが、社会的に望ましいとされる風潮がある」ので低くなる、という国民性敵な解説もなされていたが、それでも最下位になるとは、、、、。かつて東洋の奇跡といわれた高度経済成長の原動力とされた日本の労働者の勤勉性が賞賛された姿は見る影もない結果だった。

どうやらこの頃から既に、静かな退職的な働き方がわが国でも広がり始めていたのではなかろうか。

図表2 ワーク・エンゲイジメントの国際比較

ワークエンゲージメントの国際比較













「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-(厚生労働省)」コラム2ー3図より抜粋

なぜ、こうした“冷めた”、やる気のない働き方が拡がってしまったのだろうか。

それへの対処法はないのだろうか。あえて退職はしないが、やる気がない。社業に積極的に貢献しようとする意欲がない。こうした社員、働き方が社内へ浸透、拡大しないためにはどうすればよいのか。有効な対処法はないのだろうか。

まずは彼らの実像を探ってみよう。

1658名の正社員に対して行った定量調査から「静かな退職」をデータ的に特定してみた。まず、会社に対する定着意向について「辞めないで」という事なので以下の定着性の質問の回答選択肢のうち「どちらともいえない」「ややそう思う」という選択肢が妥当と判断した。“なんとなく、辞めないでいる”という印象を反映したチョイスである。

もうひとつの職務に対する消極性だが「貢献意欲」を測定する設問の回答選択肢のなかで、明らかに貢献意欲が希薄ということなので、「そう思わない」「ややそう思わない」「どたらともいえない」の選択肢が該当するものとした(図表3)。やる気がないということなので。

この「定着」と「非貢献」を組み合わせた層、すなわち「とりあえず定着する(離職しない)つもりだが、会社に貢献する意欲はあまり無い」という層を、ここでの「静かな退職」層として特定してみた。

 

図表3 「静かな退職」の特定

図表3「静かな退職」の特定

この独自の定義で集計してみると「静かな退職」層は正社員の12.1%程度となった。先のマイナビ調査よりはかなり少なくて、ホッとした。年代別での発生率もみると、やはり若年層ほど多くなる傾向が見られている(図表4)。


図表4 「静かな退職」の発生率

図表4「静かな退職」の発生率

さて、こうして独自の定義から特定し、抽出した「静かな退職」層であるが、この消極層の発生をなんとか抑制するためにどのような対応が有効なのであろうか。

筆者は福利厚生による抑止の可能性があるのではないか、との仮説のもとで改めて分析を行ってみた。これも単純な仮説分析だか、福利厚生をより利・活用している従業員層では「静かな退職」が発生し辛いのではないか、あるいは特定の制度・施策が、その発生率を抑制しているのではないか、というものである。この仮説の理論的な背景とその解説は後述するとして、まずは結果をご覧いただきたい(図表5)

まず、これまで58種類の具体的な制度・施策のなかでの利用経験率を「静かな退職」と、そうではない普通の人」の二層で比較してみた。

「静かな退職」に陥っていない「普通」の層との、利用されている制度・施策を利用率の差異率でみると「給食支援(70.5%)」「生活設計情報提供(23.5%)」「慶弔災害(20.5%)「文化体育レク(18.8%)」などとなった。これらの制度・施策の利用経験者は「静かな退職」となりにくいという関係である。給食支援の利用が「静かな退職」の回避に最も有効な可能性が示されたのは実に興味深い結果である。この点は後ほど。


図表5 福利厚生の利用経験と「静かな退職」

図表5福利厚生の利用経験と「静かな退職」

また、これまでの福利厚生の利・活用などを通じて従業員自身が実感している効果についても「静かな退職」と「それ以外の普通の人」を比較して差異の顕著なものを抽出してみた。

結果的には「仕事に関する知識や能力が高まる」という効果の認知において「静かな退職」と「それ以外」では34.1%に認知率の差が現れている。つまり、この効果を自社の福利厚生から認知できている層は「静かな退職」にならずにすんでいるという訳である。他にも「仕事でのやりがいを感じるようになる」という、まさに静かな退職を直接的に回避させるような効果の認知での差異も大きい(23.5%)。続いて「時間のゆとりがもてる」「生活での経済的不安が軽減される」「健康維持・回復に役立つ」などの認知率の差も顕著である。これらの効果を福利厚生の利用を通じて実感してもらえれば「静かな退職」に陥ってしまうことを回避できるかもしれないという事になる。


図表6 認知する福利厚生効果と「静かな退職」
図表6認知する福利厚生効果と「静かな退職」

このような福利厚生の制度・施策の利用経験やその効果に対する認知という点において「静かな退職」となってしまった層と、それ以外の健全な層(?)との間で、なぜ差異が現れるのだろうか。

「静かな退職」となる従業員たちは仕事や会社に対して、ある意味で冷めてしまって、無関心となっており、情熱をもって自身の業務の発展や改善や勤務する企業の成長に貢献しようという意欲を喪失した状態なのではなかろうか。これは、モチベーション理論における機能論のなかで指摘される三つの機能が失われた状態といえる。

第一は「行動を自ら起こさせる(行動の始発機能)」、これは「よし、がんばるぞ!」「なんとなく変だ、調べよう」「部下、同僚の様子がおかしい、声をかけてみよう」といった自発的な行動を喚起する機能である。
第二が「行動を持続させる(行動の強化機能)」となる。この機能が現れると「もう少しで終るから、辛いけど最後まで頑張ろう!」 「この問題をもっと、深く、幅広く知りたい」といった行動が現れる。
さらに高度な機能として「自らの行動が目的達成に最適か自ら評価する(行動の評価機能)」にまで至る。この段階になると、「よくできた、でも、これが最善の方法なのか?」「もっと良い方法があるのでは?」といった自己否定も伴う客観的な評価が発揮される。

いずれの機能も重要なものであり、労働生産性、組織能力を高めるものであることは言うまでもない。

いかにしてモチベーションを回復させるのか。多々ある同理論のなかで今日の豊かな時代において有効性が期待されるものが「負債感理論」、「返報性理論」と呼ばれるものと考えられる。これは会社からの先行的、一方的な、そして対価を求められない恩恵や支援によって、強く動議付けられる「恩返し」「貸し借り」の心理的作用からモチベーションを説明する理論である。

福利厚生は賃金とは異なり、一般的に対価性が企画であり、個々の従業員のニーズやリスクに応じて適時、提供される。職位、職務の差別的な取り扱うもなく公平に、機会均等に提供される制度・施策が大半である。

こうした特性を有する福利厚生の提供、利用によって多くの従業員が実感するのは「借りができた」「助けられた」とする負債感である。あるいは「会社には世話なった」「恩がある」といった感覚である。この感覚、意識はきわめて強い「恩返し」行動を動機付けることになる。つまり、避けようなくモチベーションが高められ、先の三機能が発揮されることが多くの先行研究によって検証されている。筆者も何度か定量調査によって確認することができている。日米比較研究などでも日本人が特に「恩がある者に恩返しをすべき」という意識が形成される傾向が強いともされた。

先ほど「給食支援」の利用経験のある者たちが「静かな退職」に陥らない可能性が高い事を示し、興味深いと述べたが、誰もが関心のある「食」の提供、つまり社員食堂やミールクーポンなどの支援策が胃袋の空腹を満たすという生物的な一次欲求を充足させてもらった事に強い恩義を感じさせられたのだろうと思ったからである。

過去に中国広州で合弁企業を取材したときにも中国人担当者が「社員食堂のメニューの質を落とすと、従業員のやる気が落ちて、転職者が増える」と述べた言葉も思い出した。いかに豊かになろうとも「食」の恩恵の強さは万国共通なのであろう。

現在のような飽食の時代、冷めてしまった従業員、静かに退職してしまった従業員に再び熱いモチベーションを復活させ、エンゲイジメントを回復させることは容易ではなかろう。また、「静かな退職」者が静かでなくなって転職予備軍となることも容易に想像がつく。人材難の今日、怖い話なのである。

こうした難しい働き方の出現に対して、福利厚生による先行的な投資によって「借り」の意識を醸成するという選択肢も対抗策として検討する余地があるのではなかろうか。

<引用文献>

*1 ()マイナビ「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」

*2 「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-(厚生労働省)」コラム2ー3図 ワーク・エンゲイジメント・スコアの国際比較より抜粋(原典となる資料出所 島津明人(2016)「ワーク・エンゲイジメント-ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を-」)

*3山梨大学 西久保研究室 202312月調査(正規従業員)  従業員調査(20-69歳男女個人有効回収数1658   (科学研究費 基盤研究C 研究課題 22K01649)


西久保浩二氏顔写真

この記事の講師

西久保 浩二山梨大学 名誉教授

一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会(総務省)」座長
国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当)等を歴任


Recommend

おすすめ記事

 

メルマガ登録

最新情報や
お役立ち資料を自動受信!