1. TOP
  2. 専門家記事
  3. 働き方改革が会社を変える

働き方改革が会社を変える

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

いよいよ春闘が始まり、労使間での交渉が本格化している。「働き方改革」を推進する政府サイドからの要請もあって経営者団体の代表が3%賃上げといった思い切った数値目標を傘下団体に求めるなど労働者諸兄には期待感が膨らむスタートとなったのではなかろうか。

一方で、働き方改革に関連する諸法案を審議する通常国会も始まり、新たな法規制も整備されようとしている。長時間労働の制約や正規・非正規間での処遇均等化、両立支援といった様々な局面から働き方の変更を促す動きが実体化されていくわけである。

また再認識すべき背景として構造的な人手不足の状態が長期化する可能性を注視しなければならないだろう。人口減少のなかでの若年層を中心とした国内での労働力供給の減少、さらにはデフレ脱却から景気回復へと確実に経済が好転するなかでの、労働需要の拡大が見込まれている。当然、労働市場では売り手優位の基調が当面の間は強まってゆくであろう。

こうした動きの中で、企業は自らが自社のビジネスモデル、企業理念に即した新しいワークスタイル、働かせ方を模索する必要に迫られている。この動きに乗り遅れることは、これまでの労働市場でいかに高いブランド力を誇っていた企業、人気企業であってもその凋落をもたらす危険性があるといえるだろう。では、新たな「働き方、働かせ方」をいかにデザインすべきなのだろうか。どのような発想が求められているのだろうか。

かつてわが国が経験してきた高度成長期やバブル好況期、その後の長期に及んだデフレ期にあっては、どのような発想があったのか。端的に表すとすれば、既に化石的ともいえる古いフレーズとなってしまった栄養ドリンク剤の広告コピーがある。すなわち「24時間、働けますか ! ! Japanese Business-man !!」に象徴される、個人を長時間拘束することで労働力というエネルギーを極限まで、いかに費消するかという発想が根底にあったように思う。

この発想は企業側だけではなく、おそらく一部の労働者にも支持されていた可能性もある。企業戦士、会社人間などの呼称で呼ばれることを自虐的には受けとめたが、何やら誇らしい、気持を高揚させる響きであったように記憶している。しかし、この古い発想からいち早く抜け出せた企業が、新しい働き方改革の時代での恩恵を手にすることになるのであろう。最近、この点を痛感する機会を得ることができた。つい先日だが、筆者が若いころに勤務していた業界でのトップ企業の方たちと、ご一緒に仕事をする機会を得た。

このときに、隔世の感に驚くような話を伺えた。かつて土日出勤は当たり前、サービス残業は常識、終電までの深夜労働が日常化といったモーレツな企業戦士たちの巣窟ともいえた当社だったのだが、最近は徹底した「早帰り」と「有休取得」に取り組んでいた。しかも、上司、管理職が率先して有休取得に励むなど、若い社員層だけではない全社的な取り組みとして行われていた。

一番、印象的であった取り組みをご紹介したい。保険業界には昔から成績(例えば、新規保険契約)が取れると、オフィスの壁に直接、大きなグラフ座標をつくって張り出して顕彰するといった慣習がある。“グラフ指導”などと呼ばれていたものである。これは挙績者を称えると同時に、未挙績者に「見える」プレッシャーを与える効果的な社内向けの販売促進策であった。不思議なことに、この方式はどの会社にもみられた業界共通の慣習となっていたのである。

ちなみに筆者の新入社員時代は、営業所でのこの成績グラフの担当で、毎日深夜まで買っておいた色紙の金紙、銀紙と段ボールを切り貼りして棒グラフを手作りして、貼り付けていた記憶が鮮明に残っている。筆者にとっては日々の深夜残業の原因となっていたこの成績グラフの慣習が、今や「有休取得日数」を競い合うためのグラフに変貌していたのである。ちなみに当社では年間、最低15日と定めた目標を達成するためにオフィスに取得日数をグラフにして掲示し、朝礼時などに何度も確認されるとのこと。

「見える化」でプレッシャーをかけて、行動(有休取得)を促すという伝統の方式を「時短」「ワークライフバランス」に再活用しているのである。このグラフ方式は他にも、目標定時退社の未達成時に「×」マークを付けられるものもあるそうである。加えて、また、社内の個人別予定表(行先、帰所時間などを記入するもの)には、有給休暇の残日数まで掲示されるとのこと。いやいや実に徹底した対応である。ここまで変わるものか、変われるものなのか、と本当に驚いた次第である。

この業界トップ企業は処遇条件も国内企業のなかでも突出しており、当然、労働市場での人気度は長年,最高位を維持している。つまり、現状では人材の調達には何ら問題はないといってよいのだろう。また現在の役員層や上位理職層は「24時間、働けますか !、、、」の発想で頑張って成果を残し、評価されて昇進されてきた方々であろう。自らのそうした成功体験を否定してまで、変革を行うことは難しいはずである、抵抗感が強かったであろうと推察する。

経営学では過去の成功体験が重しとなって現在、未来において環境変化を見誤り、大きな失敗をしてしまうことを「Success Trap」と呼び、戒めている。多くの企業が陥りやすい落とし穴だからである。長時間労働による企業成長とはまさに多くの日本企業にとっての成功体験だったのである。この成功体験を否定して、変われるかが問われている。

当社では、旧来からの自分たちのようなハードな働き方、つまり先ほどの「24時間、働けますか !、、、」の発想では、これからは通用しない、いずれは優秀な人材から見放される、という危機感が彼らを突き動かしたわけである。Success Trapを見事に回避できている。「働き方改革」が日本企業の働かせ方を、そして日本のビジネスマン達の働き方を、これほどまでに変えていくのか、あるいは変われるものなのだと感心した体験であった。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

Recommend

おすすめ記事

 

メルマガ登録

最新情報や
お役立ち資料を自動受信!