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今後の福利厚生のトレンドを占う

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

1.福利厚生費の動き

本年1月、日本経団連から恒例の「福利厚生費調査」の詳細が発表された。この調査の調査対象は、政権交代を含む時期で、2012年12月に誕生した安倍内閣が、新たな経済政策を開始した直後の2012年度(2013.3時点)での実態である。円安政策が奏功して製造業を中心とした業績回復見込みが確信的になるには、まだ至っていない直前の時期でもある。

しかし、日経平均は、前年度末(2012.3)に10,083円であったものが、期末(2013.3)には12,397円にまで回復しており、景気回復の期待感が高まっていた時期である。こうした変化が始まった時期でもあり、福利厚生費がどのような動きとなって現れているか、注目していた。今回は、新年最初のコラムでもあることから、この調査の最新実態とこれまでのトレンドを踏まえながら、中長期的な視点から今後の動きについて考えてみたいと思う。

それ以外での大項目では対比的な結果が出ている。法定福利費が健康・介護保険、厚生年金保険の保険料率の上昇に伴いプラス1.5%と着実に拡大している一方で、退職費用はマイナス2.6%と減少している。前者の拡大は、厚生年金保険と健康保険・介護保険での負担拡大が基本的な要因であるが、今回は児童手当拠出金負担も料率改訂で大きく伸びている。雇用・労災保険だけは保険料率が引き下げられた。後者では、一時金負担は微増だが、年金掛金負担が減少している。

この三大項目に通勤費用を加えた全体での構成比を確認しておくと(構成比2)、やはり法定福利費が47.1%と最も大きく、次いで退職費用が37.8%と続き、法定外福利費は15.1%と最も小さく、法定福利費の三分の一以下の規模である。現金給与との対比をみてみると(構成比3)、この三大項目全体では30.5%となり、企業にとっての賃金負担に付加されるコストとなる。

現金給与総額自体は0.6%の微増であるが、今後、政府からの要請への対応などもあって、大きく増加することも予想される。筆者は、賃金と法定外福利費を合わせたバランスの取れた処遇改善が、従業員の実質的な受益を高めるものと考えており、賃金の増加と法定外福利費の増加が連動するのか否かを注目してゆきたい。

さて、法定外福利費の内訳についても、もう少し詳しくみておきたい(構成比1)。まず、傾向的に引き続き減少をみせたのは「住宅」で、マイナス2.3%の減少である。金額は小さいが「慶弔関係」もマイナス10.9%と大きく減少している。一方で、増加傾向が顕著なものは「その他(+5.7%)」「福利厚生代行サービス費+3.4%)」「医療・健康(+1.5%)」「文化・体育・レク(+1.5%)」などとなっている。

図表1 福利厚生関連費用(2012年度)

 

図表2 全体的な配分構造


このような福利厚生関連費用の全体像を図表2に示してみた。印象的には、第一に、法定福利費の拡大によって圧迫され、法定外福利費の存在感が後退していることがまず目につく。そして、第二は、圧迫されつつあるなかでも、法定外福利費における「住宅」の存在感は依然として大きいという点であろう。現在のこのような構造は長く続いてきたものである。しかし、より長期的な観点からみると、いくつかの変化の存在も読み取ることができる。

たとえば、図表3に取り出してみたが、いわゆる「ハコもの(施設型施策)」の減少傾向は顕著である。実額ベースでの動きでは、「住宅(持家補助除く)」は大きく減額されている。1997年当時には14,167円であったものが、今回の調査では11,850円となり、16%も減っている。社員食堂等の給食補助費用である「給食」についても同様で、同期間で31.5%の減少となっている。さらに形態としての“脱ハコもの”が最も明確に現れているものが「文化・体育・レク」であり、施設・運営関連費用だけが減少を続けている。同期間で測定すると40.8%も減らしている。

こうした制度・施策は、いずれもわが国の高度成長期に歓迎され、確立されたものである。急速な事業拡大、企業成長のために常に労働力不足基調にあって、労働市場における採用力の維持・向上に長く迫られていた時代である。そのためには生活支援型の魅力ある施策を市場にアピールすることが求められた。一方で、地方からの採用者も多く、また生活水準も現在の若年層が享受しているものとはほど遠いものであって、「衣食住」に加えて「遊」に対して、企業からの支援に期待するところが大きかった時代でもある。

しかし、時代の変化は「衣食住+遊」という生活支援を基軸としていた福利厚生の存在意義を、徐々にではあるが確実に後退させているのである。労働者の生活水準は向上し、価値観やライフスタイルの多様化が進んできている。もちろん、現在の従業員たちも「衣食住+遊」の支援を歓迎しないわけではなく、また既得権として、それらに執着する意識も根強いことは事実である。

しかし、福利厚生における本質的な、そして根源的なニーズへの対応として、単純な「衣食住+遊」のレベルアップを、直接的に、恩恵的に与えることを狙うような制度・施策は役割を終えつつあるようにも思われる。おそらく、同様の制度・施策を展開するとしても、そこには何か、今日的な意味づけ、つまりはこれからの時代において従業員が真に必要とする価値を提供できるという何らかの付加価値が期待されているように思われる。

図表3 「ハコもの」施策の縮小 (単位:円/従業員1人当たり月額)

長く続いた近年のデフレ経済下でも、企業が投資を拡大した福利厚生分野もいくつかある。最も大きく伸びたのは「育児関連」で、同期間で9倍近い突出した増加となっている。また、ヘルスケア(健康診断、人間ドック、メンタルチェック補助等)関連の施策費用も1.7倍と大きく伸びているが、メンタル不全の拡がりに対しては、依然として抜本的な解決には至っていない。

厚生労働省が中心となり、メンタルヘルス問題の対策強化のために各企業にストレスチェックの義務化が検討され、労働安全衛生法の改正によって、定期健康診断等の機会を利用して、健康診断と同様に、従業員の精神的健康状況把握のための検査実施を義務付けようとして平成23年12月に国会提出されたが、平成24年11月の衆議院解散に伴い一旦廃案となった。しかし、引き続き政策的な重点課題として注目されている。健康管理が企業にとっての人材毀損リスクへの対処的投資と位置づけられるようになってきている。

さらに、先の「ハコもの」での後退傾向と対比的な動きとなるものが「文化・体育・レク活動補助」の増額傾向である。2009年度調査で反転して以来、拡大が続いている。施設関連費用が減少する中で、活動補助の増加がみられることは、こうした施策の提供形態が変化したということだけではなく、そこに期待されるベネフィットにも変化があるためであろう。伝統的なレク活動では、企業が自前の保養所や運動施設を保有し、従業員家族のための団らんや慰労といった場を提供することで、豊かな生活を実感させることが主に意図されていたように思われる。

しかし、現在のレク補助では、従業員間でのコミュニケーションが沈滞した職場の活性化であったり、新入社員の早期離脱の抑止(社会化の促進)、メンタル不全の予防的対応としてのストレス解消の場の提供といった、より明確な人事管理課題の解決策として位置づけられているように思われる。

こうした目的意識の変化によって、実施単位も企業全体、部門全体で行われた企業運動会、社員旅行といった大規模なものから、職場単位、有志単位など小規模に実施されるケースが増えているものと考えられる。こうした方向性が強まるに従って、少数の固定的な施設保有では効率的な対応が難しくなってきたのである。要するに、固定的な施設だけでは、多様なレク・ニーズに柔軟な対応ができなくなってきたのである。
 

図表4 「ヒトもの」施策の拡大 (単位:円/従業員1人当たり月額)

いずれにしても、わが国の大企業層での福利厚生の制度編成が、時代の変化、従業員ニーズの変化、そして企業の人事管理課題の変化などに適応する形で変容を続けていることが確認できる。

全体の小項目ベースでの変動率と変動額を概観したものが図表5となっている。このグラフをみると15年の間にどのような動きがあったのかが一目瞭然といってよい。まず、変動額では法定外福利費が従業員1人当たりで3,636円の減額となったわけである。この内訳は「住宅(-2,317円)」「持家支援(-342円)」「給食(-904円)」そして、「文化・体育・レク施設・運営(-685円)」である。この4費用の減額総額は4,248円であって、法定外福利費の圧縮の主役を務めたことになる。

一方で、増額の主な項目は「医療・保険(+594円)」「ヘルスケアサポート(+376円)」「ファミリーサポート(+238円)」「育児関連(+208円)」「文化・体育・レク活動補助(+177円)」あたりである。前者の項目が縮小され、後者の項目への投資を拡大させた。つまり、「ハコもの」系施策の費用を圧縮することで、転用費用を捻出し、育児、健康、家族支援などの新たな強いニーズがある分野へと資金をシフトさせてきたわけである。

図表5 全体的な変化


2.カフェテリアプランの動き

さて、福利厚生費の動きをみたわけだが、今回の調査ではもう一点、注目したい動きが観測されている。それは、カフェテリアプランである。

図表6にみるとおり、普及率が前年度の13.5%から14.3%と順調に伸びている。一方で、やや非連続的な動きとなったのは、カフェテリアプランによる支出額の相対的な比率が下落した。これは、同プランの導入企業における法定外福利費全体に占めるカフェテリアプランによる支出額の比率であるが、前年の14.5%から3ポイント下落し11.5%となった。下落率ではマイナス16.6%となる。導入企業のなかで同プランにおいて提供されるポイント利用による費用が相対的に縮小したことになる。

図表6 カフェテリアプランの導入率と予算占有率の推移

図表7でポイント消化の内部項目をみてみると、「住宅メニュー」が対前年比でマイナス64.8%という大きな下落であったことが影響している。しかし「住宅メニュー」の下落は目立つのだが、他のメニュー項目でも多くが減少している。例えば「被服(-46.2%)」「自己啓発(-27.4%)」「医療・健康(-25.9%)」「介護(-23.1%)」などである。プラスとなったものはわずかに「購買・ショッピング(+3.1%)」のみとなった。

図表7 カフェテリアメニュー費用の対前年度増減率推移

このような一見、不可思議な現象の背景には、前回調査から今回における同プランの新規導入企業のプロフィールに大きな変化があったことがある。図表8に示すとおりである。このグラフは、企業規模別での同プランの導入率の推移を追ったものである。企業規模別に、導入率に大きな較差があるという従来からの基本的な構造は変わっていないのだが、今回に限っては、明らかに変調がみられる。

まず、最大規模の「5000人以上」の規模層では、導入率の上昇はみられず横這いとなったが、それ以下の規模層で、導入率の変化が大きかった。導入率が大幅に上昇したのが「3000 – 4999人」層で、前年の12.6%から17.2%となった。また、最小規模の「500人未満」層でも、2.2%から3.6%と大きく伸びた。意外な動きをみせたのは「1000 – 2999人」層で15.3%から9.8%と落ち込んだ。

本調査は、標本数そのものがそれほど大規模なものではないため、毎回の回収標本での誤差の発生を否定することが難しいところもあるが、今回の動きを総じて評価するとすれば、カフェテリアプランの普及が従来の最大規模偏重の傾向から、より下位の規模層に拡がり始めたといえるだろう。この導入規模層の下位層シフトが、先の同プランの法定外福利費に対する予算占有率の下落を招く大きな原因となったと考えられる。

一般に、法定外福利費水準は企業規模と明確に連動する。したがって、今回の新規導入企業は、従来の最大規模層に比較して法定外福利費水準が低い。その実態のなかで、同プランを通じて費消するコストが、さらに相対的に少ないものとなったことになる。先行的に導入した最大規模層にあっては、徐々に同プランの予算占有率を高めてきた経緯がある。

まずはレク、次に自己啓発、さらには健康維持施策、そして最後に何とか「住宅」まで、といった具合である。換言すれば、導入当初は既存制度のごく一部の移行、あるいはレクリエーションや自己啓発などの特定分野のみを追加的メニューとして位置づけて導入するといった、慎重な行動をとってきたわけである。このような行動傾向が、今回の新規導入企業では、より増幅されたようである。

しかし、慎重な対応であったとしても、全体的な導入率が上昇する動きが加速されたことは間違いないところである。いよいよ「従業員選択型」の福利厚生の世界が本格的に拡がる予兆となるのかもしれない。

図表8 カフェテリアプランの導入率(企業規模別)


さて、新しい年を迎えたこともあって、改めて、これからの福利厚生の動きについて概観してきた。一見、何も変わらぬようにもみえるが、実は変化は間違いなく存在し、新しい福利厚生の姿を目指した大きな変革が始まっているようにも感じられた。

時代が何を求めているのか。福利厚生の新たなミッション、目指すべき到達点は何なのか。今年も、手探りのなかで、その答えを探し続けてゆくしかないのだろう。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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