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成長戦略としての女性労働者支援

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

デフレ脱却を目指す政府の成長戦略が次々と打ち出されるなかで、注目を集め、また多くの議論を呼んでいるものが、女性の活躍を経済成長の原動力にしようとする新たな戦略である。今回は、この成長戦略をやや斜めから眺めながら、福利厚生との接点なども含め、いろいろと考えてみよう。

今回の内閣が掲げたスローガンは「女性が輝く日本」(成長戦略の中核は「女性の活躍」)というもので、以下の主要な4つの柱から構成されている。

①役員に1人は女性を登用
②待機児童解消加速化プラン(今後2年間で20万人分の保育の受け皿を整備。さらに2017年度末までに20万人増を図り、待機児童ゼロを目指す)
③3年間抱っこし放題での職場復帰支援(3年育休の推進を経済3団体に要請。助成金や「学び直し」プログラム)
④子育て後の再就職・起業支援

まず、①については、いわゆる“ガラスの天井(glass ceiling)”の問題解決の一環である。この天井とは、女性が企業内で昇進しようとするときの障壁となる、その能力や成果とは関係ない不可視の破れない壁というか、登ろうとしても頭打ちになってしまうという低い天井を意味している。

確かに、国際的にみて経営層に占める女性比率は、先進国の中でも極端に低いものとなっており、まずは突破口として「一人」を無理矢理にでも経営陣に加えてもらおうというわけである。やや、強引な印象もあることは否めないが、イエス・マン揃いの金太郎飴経営陣などよりも、紅一点ユニークな女性の視点、発想が経営会議に入ることのメリットは予想以上に大きいだろう。

ただし、問題は、本当に経営陣の一角としての力量をもった人材が社内に存在するか、育成してきたか、を問われるという点である。優秀な経営層を育成しようとすると、実のところ長い時間がかかる。一部の外資系企業などでは、若い時期から人材選抜を行いながら、経営層にふさわしい人材への明確な「帝王学プログラム」による育成を行っている。

したがって、女性役員を社内調達するためには、本当はかなりの“時間”を要するはずなのである。政府に頼まれたからといって、安易な登用を行うと社内の混乱を招きかねない。また、役員昇進を期待していた実力ある男性管理職の意欲を削ぐ危険性もある。このあたりのリスクをどう考えるか、悩ましいところではある。そうでなければ、社外から女性人材をヘッド・ハンティングで登用しておいて、一方で生え抜きの女性役員候補育成のプログラムをしっかりとつくるきっかけとしてもよい。

次に②の「待機児童解消加速化プラン」は、いわゆる“横浜方式”を政府レベルで全国に拡大して待機児童ゼロを実現しようというものである。もちろん、社会的には、歓迎すべき政策ではあるが、福利厚生施策、ワーク・ライフ・バランス施策として、企業内託児施設を推進してきた企業にとっては、「う~ん...」という感じではなかろうか。

遅々として進まなかった待機児童問題に業を煮やした問題意識のある企業が、思い切って自社で託児施設を設けたわけだが、地域での整備が急速に進むとなれば、社内施策の見直しに迫られる可能性は高いだろう。やはり、自宅周辺で入所できるのであれば、子連れ通勤のリスクを冒すことを避ける従業員が多数派になるだろうし、そうなれば、自社施設の稼働率が大きく落ち込むことにもなる。

ま、元々、政府の政策の遅れへの補完行動としての企業行動であったのだから、ちゃんと政府がやれるのならば、企業が本来手を出すべき領域ではないのだろう。託児所という「ハコもの」よりも、地域の施設を利用しやすいような、短時間勤務など時間的な裁量性を高めるような施策に転換すべきかもしれない。

さて、問題は③の「3年間抱っこし放題での職場復帰支援」(3年育休)である。各所で論議を呼んでいる「3年」という時間の問題をどう評価するか。多くの女性コメンテータは「浦島太郎リスク」を懸念して反対論を唱えている。この目まぐるしく変わる業務環境のなかで、3年という時間経過の間には、仕事が変わり、人事が替わり、組織が変わることは容易に予測される。3年後に現役復帰したとして、本当に仕事や職場環境についてゆけるのかという恐怖感は確かに理解できる。もちろん、所得保障という点でも、3年の負担は家計にとって大きなダメージと受け取る層も少なくないだろう。

一方、会社側としても、戦力化した女性従業員が、突然3年間も職場を離れることのリスクを怖れる可能性もある。教育訓練、研修などの企業負担の教育投資の成果を得る上で、3年の空白は大きな障害となると捉えるかもしれないし、せっかく築いた顧客との関係性を、その空白期間が台無しにしてしまうこともある。

懸念されるのは、こうした経営上のリスクが遡って女性の採用そのものを躊躇させることにつながらないか、という点である。つまり、女性を採用することのトータルとしての高コスト感、そしてリスクが大きいものだと増幅されて認識される可能性も否定できない。特に、中小企業層などでは厳しい判断がなされる可能性が高いのではないだろうか。

出産から育児の流れのなかで、子供と3年間しっかりと向き合えることの人生における価値は大きいものであろう。それを保証しようという政府の意思は基本的には貴重なものと評価できる。しかし、職業人として、そして彼女らを雇用する経営者として、この「3年」という時間をどう受け止めるか、その反応については予断の許されないものである。最終的な政策として実現させる段階には、もう少し実態を踏まえた柔軟な具体化が求められるところである。

最後に④の「子育て後の再就職・起業支援」である。これは、③と密接に関係する連結政策といえるだろう。ただし、“起業支援”という部分は、若干、飛躍というか唐突感は否めない。わが国にとっての起業の活性化の重要性は、子育て後うんぬんという問題ではなく、もっと広範囲に可能性を探索し、潤沢なリスク・マネーの呼び込みと合わせて検討されるべき問題だからである。ま、当面は「再就職」の確保であり、彼女たちの能力や経験を活かすことのできる職場への再就職を確実に実現するためには、どのような支援が有効かを突き詰めることが重要であろう。

さて、この4本柱の戦略が本当にわが国の経済に持続的な成長をもたらすものかどうか。筆者は、分析的な論評をする立場ではないが、可能性についてごくごく経験的、主観的な意見を述べることは許されるだろう。大学の世界からみると、「女性の活躍」という話は既に常識でしかない。特に、筆者が勤務する地方国立大学では、女子学生の“相対的な”活躍ぶりは目を見張るものがある。相対的にと申し上げたのは、そう、草食系と呼ばれる男子学生と比較して...という話である。

地方の大学でのこうした現象が生じる背景には、なんとも言えない切ない親心があることをご存じだろうか。 地方の高校生のなかでは、やはり優秀な学生達は都心の有名大学群を目指すわけだが、男子と女子では、実際に上京する確率に少し違いが出ているようだ。つまり、男子学生が都心の大学に進学するほどには、女子学生は上京しない傾向がある。


結果的には、優秀な女子学生が地方の国公立大学に進学するケースが増えるのである。彼女たちが、都会の大学生活に関心や興味が無いのか?もちろん、そんなことはない。それが証拠に、3年生の就活時ともなれば、男女変わらず都心の優良企業をターゲットにして頑張るようになる。ではなぜ、彼女達が高卒後に地方の国公立大学に進学するのか。ここに涙ぐましい親心が登場するのである。簡単にいえば、「可愛い娘には遠出をさせたくない」「都心に出ると変なムシが付きかねない」と大いにご心配、ご懸念なさるわけである。結果、地元大学への進学を勧奨、助言、懇願(?)することになる。


そうした親心の帰結として恩恵を受けるのは地方国立大学で、優秀な女子学生が集うことなるわけである。ちなみに筆者の勤務先では、10年近く、連続で成績優秀者が選ばれる卒業総代は女子学生であり、学費免除等の優秀学生表彰の多くを、やはり女子学生が占拠する流れが続いている。また、入学者自体も6割~7割が女性優位という傾向がずっと続いている。男性諸君にも大いに奮起してもらいたいところではあるが、ともかく、女性陣が元気で活発であり、そしてなかなかにタフである。

彼女たちに、もっと多くの活躍の場を提供し、出産、育児、介護といった離職リスクへの適切な支援がなされれば、経済成長戦略としての女性人材の活用という話も、決して人気取りの空論とは言えないようにも感じられる。

では、実際に「成長の糊代(のりしろ)」としての女性労働力が、どのような実態にあるのか。図表1は、年齢階層別での労働力率の国際比較である。労働力率は総務省の統計調査の定義では「労働力人口」÷「15歳以上人口(労働力状態不詳を除く)」×100として算出されており、この図表では年齢階層で細分化されて算出されている。いわゆる、わが国の「M字カーブ」の問題が語られるデータである。

この図表をみるかぎりでは、各国と比較すると「30-34歳」「35-39歳」あたりの労働力率は確かにかなり落ち込んでいる。つまり、労働力として労働市場に参画できていない女性たちが少なからず存在しているわけである。政府試算によれば、「M字カーブ問題」の解消等により、約340万人の女性労働力人口の増加が見込めるとアナウンスされている。少子高齢化の急速な進行のなかで、生産年齢人口の絶対数の減少が避けられない以上、このM字カーブ解消、つまり、使われなかった成長の糊代を今こそ活用しようという政策が妥当な流れであるように思われる。 

図表1図表1 「データブック国際労働比較2013」(労働政策研究・研修機構)より抜粋

では、労働力調達源としてのM字カーブが、実際にこれまで使われずに温存されてきたのであろうか。図表2は、1975年と2010年の二時点での女性の労働力率と、その較差を示したものである。このデータでみる限りでは、1975年時点では「25-29歳」で42.6%と、かなり低い値であったことがわかる。23~24歳が結婚適齢期で、結婚した女性は皆、寿退社をしていた時代を端的に示すデータである。

一方、2010年の実態では「35-39歳」の階層が最小値の66.2%となっている。そう、東京都の女性初婚年齢が29.9歳と30歳目前に迫っている現在らしい最低値階層である。ともかく、二時点のデータを全体的にみて、この35年の間にほぼ全ての年齢階層で大きく労働力率は上昇している。もう死語になりつつあるかとも思うが、いわゆる「女性の社会進出」と言われ始めてから、既に女性労働力の活用は着実に進んできた、と言ってよいのである。

男女雇用機会均等法が施行されたのが1986年4月。それからも既に30年に届こうかという時間が経過している。働ける女性のかなりの部分は既に、労働市場に出ているとも考えられる。今なお、労働力として顕在化していない女性層には、出産・育児といった課題だけではなく、様々な背景、事情、価値観もあろうかとも推測される。果たして、北欧や中国のように、男女同一の高い労働力率といった状況に至るのであろうか。

M字カーブからの労働力率上昇だけにこだわる必要はない。既に、現時点で活躍しようと胎動をはじめている元気な多くの女性層の「働きやすさ」と「働き続けやすさ」を丁寧に追求していくことも成長に寄与するはずである。

 

図表2図表2

現総理が、今回の成長戦略の解説のなかで「女性の中に眠る高い能力を十二分に開花させていただくことが、閉塞感の漂う日本を再び成長軌道に乗せる原動力だ、と確信しています」と強調している。この点は、大いに首肯するところである。筆者も含めて、男性陣も発想、意識を転換した新しい生産的な働き方を模索しなければならないだろう。それが、彼女達の「働きやすさ」にもつながってゆくのである。政府から一石が投じられた。次は、企業社会そして個人がそれをどう受け止めるのかが試されているのである。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。


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