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アベノミクスと福利厚生

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

政権が変わり、何やら少し、雰囲気だけかもしれないが、景気の先行き感に微光のような明るいものが出てきたようだ。人間、特に投資家心理というものはそういった雰囲気に敏感なようで、年末の慌ただしい時期に、またたく間に日経平均が一万円台を超えた。今後の政策への冷静な期待感というよりも「もうそろそろ...なんとかしてくださいよ」といった切望感に近いような気もするが。

そう、円高の是正がハイピッチで並行して進行した点もこの期待感、切望感をより強めたのであろう。為替に関しては、70円台なんてとんでもない水準で放置されていたこと自体が異常現象であったとも思えるので、今の円安基調は当然といえば当然の是正の動きなのだろう。そうこうしているうちに、年末に日本経団連の「福利厚生費調査」の概要が発表された。担当部局の方からお知らせいただいて、慌てて調査結果を拝見したのである(図表1)。

図表1

図表1 金融資産非保有世帯/非貯蓄比率

すると、法定外福利費が対前年比、-0.1%!
おしい!実におしい。わずか数十円の違いでプラスに転じることができなかった。
それでも4年続いた明確な縮小傾向が「下げ止まった」と解釈されることも許される結果ではないだろうか。

90年代に入ったあたりから始まったのだが、今や、法定外福利厚生費はすっかり景気敏感指標になってしまい、GDPやら景気判断DIなどとの連動性、相関関係が非常に高いのである。一体、どういうメカニズムが働いているのだろうか(図表2)。

図表2

図表2 年代別・年収別 金融資産の非保有率

そういえば、ずいぶん前になるが、都内の建設関係の中小企業を何社か取材させていただいた際に、ある経営者のオヤジさんが面白いことを述べていたのを思い出す。「年度始から(福利厚生)予算を確定なんてしないよ。年度上期(の業績)が良けりゃ、社員旅行は豪勢に海外、ダメなら熱海あたりだね」といった主旨のご発言だったと思う。熱海だったか鬼怒川だったかは記憶が定かではないが...。

しかし確かに、景気変動≒業績変動と、福利厚生をリンクさせる方式としては悪くないなぁ、と感心したことは間違いない記憶である。なぜなら、社員たちが社長の宣言に反応して、「香港に行きたい!」「バリ島にも行ってみたい!」と、ポジティブな“捕らぬ狸の皮算用”をしながらも、会社の業績に関心を持つことになるからである。業績を含めて、自分が務めている企業の経営動向に関心をもつことは「組織コミットメント」と呼ばれ、近年の労務研究の中では、職務満足よりも経営的に労務管理上も有効な目的指標との評価もある。

香港でもバリ島でもいいが、業績連動の福利厚生施策で、組織コミットメントが高まるとすれば実に安いものである。さらに、その中の一部の社員たちかもしれないが、みんなが望む海外社員旅行を実現しようと頑張ろうとするかもしれない。「一丁、やったるか~!!」の精神である。もし、彼らの頑張りで、海外社員旅行が見事実現できたとすれば、彼はきっと会社のヒーローになるんだろうね。大企業の人たちには、こんな手触り感のあるドラマチックな楽しみはなかなか無いですけどね。

会社業績と社員旅行の行き先をリンクさせるケースには、これまで何度が接している。名古屋方面の中小企業だが技術力のある優良企業では、世界中、各地行き尽くしてしまい、モンゴルやらネパールやら通常の社員旅行の常識を超越したような行き先で実施されているところもある。好調な業績がずっと続くと、こういうマニアックな社員旅行に出かけていくことになるんですな。羨ましい限りですねぇ。社員にとっても、貴重な人生体験となることは間違いないし、それを職場の仲間達と共通体験にできたらハッピーな経験に違いない。個人や家族ではなかなか行けないところだからである。

ともかく、会社業績と福利厚生を連結させる、リンクさせるというアイデアは、これからは貴重な発想となるようにも思う。
よし!良い機会なので、少し脱線をお許しいただいて、福利厚生と何かをリンクさせようという観点から、色々と知恵を絞ってみますかな。めでたき新年、最初のコラムでもありますし。

お題は「福利厚生と○○とかけて、何と解く」という仕掛けである。

さて、何とリンクさせれば、ぎりぎりマイナスだった法定外福利費が、次回プラス転換するのだろうか。読者諸兄にも、是非お知恵拝見といきたいところだが、まずは言い出しっぺの小生が、顕著に硬直化しつつある大脳をひっぱたいて、恥ずかしながらいくつかアイデアらしきものをご披露してみたいと思います。

最初くらいは、やはりまっとうなものとリンクさせてみようではないか(コラム担当に削除されないように)。

よし、まずは「株価」ですかね。

今やわが国の企業ガバナンスも、すっかり市場志向にシフトしてしまった以上、ここからお話を始めるしかないでしょう。確かに役員賞与の一部が株価連動の企業は結構あるし、従業員持株会なんて従業員の老後の資産形成とも密接に関わっている。ベンチャーならストックオプションは重要なモチベーション喚起装置、採用力装置になっている。こうした訳ですから、自社の株価が上昇して文句を言う人は誰もいないのでありますね。で、目出度し目出度しで株価が上がったとしたら、どうするか。

ここは、ゴージャス系のレク・イベントと相性がよさそうなので、制度設計してみましょう。

●年度始から中間決算日までに、株価が5%上昇すれば、

 → 東京湾クルージング

●10%上昇すれば、

 → 飛鳥Ⅱに乗って、瀬戸内海クルージング

●では、30%上昇すれば、

 → 三陸-石巻-仙台-大洗の震災復興支援クルージング

●よ~し、50%上昇すれば、これは海外だ!

 → 台北-グアム、近場の海外クルージング。

●え、え~い、100%上昇すれば、

 → 大盤振る舞いの地中海クルージング

ま、ともかくそういう感じではどうだろうか。

次は何とリンクさせるべきか。 まだ、真面目モードで続けていくと、人口減少傾向が顕著な昨今、労働力不足時代が目前なのである。そこで、女子学生の応募者数とか、自発的離職率とか、メンタルヘルスの発生率とか、いろいろなことが考えられますね。もちろん、後者の二者は逆リンクですが。いや、順リンクでもいいんでしょうか?

そうか...リンクには報償的なリンクと対策的なリンクの両面が考えられるわけですね。勉強になりました。

つまり、自発的離職率やメンタルヘルスの発生率などが高くなればなるほど、レク活動などを活性化せねばなりませんし、EAPのような予防的なカウンセリングへの投資を増やす必然性は高まりますね。

その話でいけば、メタボ健診にひっかかる従業員数が増えれば増えるほど、社員食堂からエビフライ、とんかつ、ヒレカツ、カキフライなどの高カロリー・メニューをひとつずつ削除していくっていうアイデアもありですかね。あるいは、きつねうどんから油揚げを削除するとか。ずいぶん後ろ向きな感じですが、これも立派な対策的なリンクになりますね。

ただし、誰も社食に来なくなって、業者さんが撤退してしまいそうですが...。私もそんな社食に参りません。

女子学生の応募者数が増えると、出産・育児支援予算を増やすか、女性用更衣室・休憩室を広くゴージャスに改装するとか...。いまいち、つまらないですね。面白くない。

やはり、社内合コン・イベントを増加させるしかないでしょうか。少子化対策にもなりますし。しかも、男性社員にとっては(何も貢献していないのに)すばらしい報償的リンクになるかもしれません。これぞ、対策と報償の一石二鳥のリンケージ!(そろそろ削除されそうなので、再び真面目モードに)

何か、もっと良きリンク指標、リンク関係はないものでしょうか?それでは最後に、依然として改善しない“七五三問題(学卒の早期離職問題)”を取り上げてみましょうか。入社間もない新入社員達が、なんとか辞めずに頑張ってくれたら、何を報償として提供すると約束すれば良いのでしょうか。あるいは、次から次へとドンドン離職していってしまうようなら、何を対策としてぶつけていかなければならないのか。

まず、報償リンクの方から。

小生としては、ご本人にご褒美というより、彼の周りで神経を使って支えてくれたであろう、上司、先輩諸兄に、一献も二献も差し上げたいところですね。三年間、新人君が誰も自発的離職しなかった、部門、課の部長さん、課長さんに、思い切って宴会資金を彼の初任給の10倍くらい供与しましょう。どうでしょうか。こんなにもらえるなら、一生懸命フォローしてあげようと思いませんか、課長さん!

対策リンクの方は、実態として色々なケースが既に報告されていますね。ベンチャー企業ならば、自社ビル1階に無料のカフェバーを開店して、新人君をみんなで交代交代に優しくお誘いして、一日も早く職場に馴染んでくれるように、とか。最近、ヒアリングさせていただいた某大手アパレルでも、メンタル不全の大量発生と併せて、離職者に歯止めがかからないので、高層ビルの30数階にRock’n Roll Cafeを毎週末開催して、ドンチャン騒ぎをやってみたりとか。

皆さん、とてもご苦労されてます。“七五三問題”には、本当に振り回されますねぇ。神社にお参りならぬ、お祓いに行きたいくらいです。ということで、いろいろと福利厚生との社内経営指標とのリンクの可能性を、実に真剣に考えてまいりましたが、読者諸兄には多少のご参考になられたでありましょうか。筆者からのお年玉としてご笑納いただければ幸いに存じます。

今年こそ、親愛なる読者諸兄、そして福利厚生にとって良き年となりますように。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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