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投資としての福利厚生 -公務員宿舎問題からみる住宅施策-

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

どうも最近の日本、特にワイドショー的なメディアが先導する論点については、バランスの取れた議論ができないようで残念である。読者も見聞きされているとおり、国家公務員のための宿舎(民間でというところの社宅・独身寮)の是非を巡る非生産的な議論が、マスコミ界の異様な盛り上がりとともに世論として論議の俎上に載ってしまっている。おそらくこの原稿が開示される時期には朝霞宿舎の中止はもちろん、それ以外の宿舎全体の大幅な縮小・削減という結論が出ていることだろう。

筆者はここ数年、公務員の福利厚生の中長期的なあり方について検討する立場にあって、彼らの労働実態や制度構造・コスト構造などについて詳しく調査・検討を行ってきた。この流れのなかで否応なく、今回のこの不毛な問題を検討する当事者の一人として関わらざるを得なかった。その顛末と筆者なりの評価、というかグチに近い感想的な事を述べてみたいと思う。

2009年度 福利厚生費調査(日経連調査)

2009年度 福利厚生費調査(日経連調査)


まず、財務省で急遽行われることになった「国家公務員の宿舎の削減に関する検討会」では、話題の焦点となった「朝霞宿舎」そのものについての適地かどうか、という点についての検討は行わなかった。環境問題・治安問題・自治体要請など、あまりに多様な次元の論点が絡み、シンボリック過ぎる事件だからであろう。

したがって、国家公務員に宿舎が必要か、必要とすればどの程度の量と質が必要か、という本質的な議論からスタートした。これはよかったと思う。国民に対する説得力を持った説明のために不可欠な議論だからである。

では、国家公務員に宿舎は必要なのか。国家という極めて広範囲の事業領域、全国・世界レベルでの事業所展開を行う巨大規模の組織・事業体であり、それを担う人材集団としての国家公務員がある。この基本的な構図の中から、そこで勤務する労働者のために「宿舎」という施策の人的資源管理上の必要性・有効性、そして財源や運営の透明性を議論すべきだと筆者は常々考えてきた。これは、宿舎のみに限らず福利厚生施策全体についても同様である。

巨大な行政組織としての機能を十分に発揮させ、効率的な事業遂行を実現することは、国益に直結するものと考える。この事業遂行を円滑に行うためには、国家公務員が高い能力やモラル・モチベーションを持ち勤務することが不可欠である。また、そうした能力やモラルを期待できるだけの優秀な人材を労働市場から持続的に調達することが大前提となる。

「優秀な人材」の定義はなかなか難しいところだが、筆者はこれまでの国家公務員の応募者は、ほぼ大企業層への応募者とほぼ同等のレベルであると考えている。この仮定の下で考えると、人材において競合する企業との処遇水準の均衡が必要である。

日本経団連の直近の福利厚生費の実態を下表に示したが、ここでの法定外福利費の程度が用意されることが妥当となる。この調査の企業層では、従業員1人当たりの月額の法定外福利費が25,690円程度となる。そして、法定外福利費のほぼ半額が「住宅」への投資となっている。このレベルの住宅支施策が求められるということになる。

筆者は以前より、わが国の福利厚生制度の潮流が「ハコものから、ヒトものへ」という大きな流れであり、社宅独身寮・給食施設・保養施設・運動施設といった「施設型施策」から、健康・育児・介護・自己啓発といった人的資源(ヒト)のリスクや価値そのものに対応する施策に変化しつつあると述べてきた。この潮流は事実として存在するのだが、依然として実態は「住宅」に偏重した構造が存在している。

これが既得権であって急変できない抵抗性があるという点もあるが、何より「住宅」が従業員に根強いニーズに裏打ちされた、わが国の福利厚生施策の中心施策であることを示している。大学生は複数の内定先から最終的な企業選択を行うときには、独身寮や住宅施策の内容をかなり重要な要素として考慮する傾向がある。要するに、人材争奪戦において、以前として「住宅」が重要な要素となっているということだ。

このような観点から筆者が考える方向性は、一定水準を超える優秀な人材確保をしつづけるために、事実上人材を争奪し合っている民間企業との間に著しく劣位な処遇とならぬこと、また、高い頻度の転居転勤や山間僻地での勤務には必然的に宿舎を用意せざるを得ないこと、さらに災害時、テロ事件等を想定して、事案発生時での緊急参集に短時間で応えられる居住地設定に対応できる必要性のある職員には、条件を満たす宿舎への居住が必要であること、国家公務というビジネスモデル、国家公務員というワークスタイルの中で宿舎が必然か必要なのかを考えると以上のようになる。

この三点は明確な論拠となりうるものだと考える。加えて新規学卒でかつ地方出身の職員で勤務地、例えば霞ヶ関の近辺に住居を持たない職員には、民間の独身寮に該当する宿舎の提供が必要であると考えられる。要するに民間企業、特に全国採用・全国転勤を前提する人材調達・e人材運用を行っている大企業層と同等の理由で、一定の宿舎が必要と考えている。今回の検討では、この新卒採用者への宿舎の必要性は否定されることになったが、採用力の低下が懸念されるところである。

もちろんそのコストの源泉が「税」であるという点で、その運営において民間企業以上に厳しい透明性、コスト効率性についての説明責任を求められることは当然である。しかし、「税」であるから公務員という人材・行政組織の保持に必要なコストを単純に最小化すればよい、という結論にはなりえない。災害復興予算のため、消費税引き上げの負担を求める時期だから、といった一時的な理由で福祉施策を一方的に削減すべきではない。今回の震災との関係性、補完性を必要以上に感情的に結合させることは、冷静な判断を誤らせるものと思われる。

被災に遭われ、悲惨な避難生活を余儀なくされている方々に一日も早い復興の果実を手にしていただくことの重要性は言わずもがなである。しかし、だからといって、国家公務員の宿舎に要する費用を全額復興資金に振り替えろといった議論は乱暴すぎるものである。震災復興を理屈だけで述べているワイドショーの評論家諸氏は、現地で直接救助活動、復興業務担っているのが公務員であることまで、思い至っているだろうか。自衛隊・海上保安庁・国土交通省・厚生労働省の職員、そして現地の地方自治体の職員たちが、通常業務を遙かに超えた負荷のなかで奮闘しているのである。

今回の大災害のような緊急時に、自ら避難できずに当事者として問題の解決に当たることを求められたのが公務員である。実際に不幸にも被災した公務員は多数いる。幸いにしてわが国の公務員の能力、そしてモラルは相対的に高い。アジア・アフリカ諸国の一部や、ロシアなどでも報道されるような公然とした汚職・横領が蔓延るような世界とは遠いところにある。

わが国のワイドショー・メディアが頻繁に公務員の不祥事を取り上げることにニュース・バリューがあることは認めるが、統計的に他の民間労働者と比して相対的に劣悪なものなのかが検証されていない。また、国際的にみても明らかに相対的に少数の公務員数のなかで(図)、彼らは複雑化、高度化する実務をこなしており、優れた問題解決能力を発揮していることも事実なのである。

図 公務員数の国際比較

各国公務員数

労働時間週40時間換算の場合の公務員数の各国比較

「公務員数の国際比較に関する調査報告書」平成17 年11 月 野村総合研究所 より抜粋


確かに、公務員に対する国民の不信感や猜疑心を喚起するような事案・事件は少なからず起こってきた。近年では、社会保険庁の年金問題や高額な所得を得るための天下り問題・不適切発言、地方でも互助会における過剰な公費投入と福利厚生費の目的外使用などの漫画的な珍事、醜聞も含めて、不信感を招かざるを得ない出来事少なからずあった。

「公務員、憎し」という国民感情が一部で沸き起こったことも事実であろうし、自然である。筆者も報道の度に呆れるばかりで、憤慨を禁じ得なかったことが何度もある。公務員は改めて襟を正し、自らに与えられた公務を担うという尊い使命を自覚し、自己を尊重していただきたいと願うばかりである。

しかし一方で、そうした感情論だけから、中長期的な国家公務員の処遇のあり方を断じてしまうことは危険である。冷静になって国家公務員約36万人という国内最大の事業組織を担う人材を、いかに活性化させるか、つまりよい仕事をできる環境をつくるか、という視点は忘れてはならないと思う。

メディアはこうした一部の国民感情に便乗し、それを煽るような論調で“公務員叩き”を続けてきたわけである。各局が競い合うような取材合戦をみると、よほど視聴率が取れたのではなかろうかと推察する。しかし、ほどほどにすべきである。“情”ばかりを煽るのではなく、“理”を持って論評してもらいたいと考える。

公務員は恵まれている、公務員は楽をしている、だから足を引っ張ってやろうといった不毛な羨望や妬みの感情を煽る報道が多いことは、やはり嘆かわしいと思う。何より決して生産的ではない。彼らは、良くも悪くもサイレントな労働者である。その沈黙がある種の不気味さをともなって伝わり、悪感情を招く部分もあるのかもしれない。

何より国家権力構造の中枢にあることへの反発もあろう。しかし、一部の公務員の不祥事で公務員全体がたたかれる度に、モラルダウンを引き起こしていることも想像に難くない。現実に、公務員のメンタルヘルスによる休業者も増え続けている。さらに近年の国家公務員に対する応募者の減少も著しい(図)。

この不況にもかかわらずである。応募者数の減少は、人材の質的低下に直結することになる。  彼らのモラルダウン、モチベーション・ダウンが、行政サービスの質の低下を惹起することにも繋がることになる。

福利厚生は人的資源に対する投資である。この原則は、公務員に当然当てはまる。宿舎も含めた必要な福利厚生施策を投資することで、良質な行政サービスを国民は手に入れることができる、という考え方を持つべきだと考える。公務員も同じ労働者であり、わが国にとって貴重な人的資源なのである。

国家公務員採用試験申込者数の推移

 

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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