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節電、そしてサマータイムは日本人を変えるのか

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

「風吹けば桶屋が儲かる」というが、今や、地震→津波→原発事故→電力不足→節電→??→???という予想困難な、数奇な因果連鎖の流れがわが国に沸き起こっており、なんと昭和23年交付の夏時刻法以来、実に53年ぶりのサマータイム制が、多くの企業で導入されることとなった。

調べてみると、この夏時刻法は終戦後GHQの指導により、導入されたものであったが、あまりに評判が芳しくなく4年後には廃止されたそうである。それが今回の一連の震災騒動で急遽、復活したのである。ちなみに、早々に廃止された不評の原因とは、残業増加など労働条件が悪化したことや、明るいうちから街に泥酔者が溢れるなどの社会風紀上、治安上の問題などが多発したからであった。

確かに、我等、左党は憂鬱なる仕事から解放されたとなれば、その反動でお日様がお隠れせぬ時刻であろうとも、一目散に赤提灯に引き寄せられるのは致し方無きこと。そう、そして早く飲み始めたから、早く切り上げようなんて、そんな野暮天なことはなさいませんので、酒量が増えてしまうのも、これまたやむなき仕儀、自然の摂理ですね。

しかし、一旦、天下のGHQの肝煎りで成立させた法律を改正、廃止しなければならないような状況であったとすれば、洒落にならないような相当にみっともない有様であったでしょう。見たかったものですな。あるいは、この夏時間システムが元々、日本のビジネスマンのライフスタイルに、よほど馴染まないものであったのだろうか。

いずれにしても、半世紀ぶりのドタバタのサマータイムの導入に伴って悲喜交々のドラマが職場で、そして家庭で展開されているようである。テレビ報道や筆者の友人たちの節電の苦労話などもつまみ食いしながら、このシステムの是非や節電というインパクトが職場に与える影響などを真面目に、そして、ちょっと不謹慎にも考えてみよう。いかにも、この夏らしい話題でしょう。福利厚生のネタが尽きたわけではないのですぞ。

まず、今回のサマータイムの唯一最大の目的とされた「節電」に対して、本当に効果があるのか。まだ、ちゃんとした研究機関などでの調査結果が報告されていない段階なので、ネットでの議論などを眺めてみた。その限りではあまり顕著な効果はないようだ。

確かに、電気事業法27条の「電力使用制限」が発動されたため、契約500KW以上の大口使用者は節電が強制になってしまい、1時間あたり100万円以下の罰金が課されることとなった。5時間違反すると500万円以下というもので実に乱暴な話で、企業は必死である。大企業にとっては、罰金そのものの負担が重くて怖いというよりも、世間様の目が怖いのだろう。

違反企業が、もし早々に実名公開されるようなことになれば、ハゲタカ根性のマスコミに寄って集って食い物にされることは、想像に難くない。苦手なCSRなどで懸命に培ってきた評判を、節電の失敗程度で台無しにしたくはないだろう。それでも広報担当にとっては恐怖で背筋がぞくぞくと寒くなる、エアコン要らずの節電話なのである。

そういえば、筆者の勤務する大学でも、なんと、いきなり「朝9時から、夕方17時までは教員の研究室、学生の居室などでのエアコン禁止」という田舎らしい実に見事な暴走ぶりで、酷暑の甲府ではかなり深刻な事態なのである。冷静に考えれば、電力消費のピークとなる13時-16時くらいにして、29度設定くらいが妥当な線でしょう!学長さん!! と文句を言いたくなる。既に言ってるけど...。明らかに過剰反応ともいえるのだが、なんとしても違反者にはなりたくない、というのが地元や文科省に気ばかりを遣う貧乏地方大学の心情なのであろう。

ともかく、職場での暴走節電はいいのだが、結局、そのしわ寄せが違うところにくる。早く帰宅すれば、その分、家庭内の電力消費は増加する。飲み屋さんも開店時間を早めて、左党を待ち伏せるとすれば、当然、そのために仕込み時間の電力消費は増える。エアコンがダメとなれば、扇風機をガンガン使うようになる。今年の大学の研究費の多くが扇風機購入に消えてしまいそうな、わが大学での標本調査による気配である。

テレビ報道では早朝出勤で、かつ13時に一斉帰宅というIT会社のケースが紹介されていた、ずいぶんと思い切った時短型のサマータイムだなぁ、エラいなぁと感心してみていたら、やっぱり自宅での帰宅後の2時間半の在宅勤務が義務づけられていた。甘くないねぇ、会社というものは。

しかしこれも結局、電力消費が職場から自宅へ移転されたに過ぎないのである。もっと言うと、電気代負担が移転しただけともいえる。電気代手当制度をつくらないとね。映像では夏休みで自宅にいる子供たちに邪魔される中で、必死にPCに向き合って細かい仕事をこなすお父さんの背中が悲しかった。実にいい感動映像だった。

サマータイムで起床時間が早くなったためJR・私鉄各社の早朝ダイヤが拡充されたようだが、問題はお母さん、お嫁殿、そして夫婦関係である。そんな早朝からの弁当作りは辛い、というお母さん達のクレームがあったのか、なんと早起きのお父さんをして自分で弁当を作りはじめさせた。いやはや......。そして、ついでに学校通いの子供達の弁当までお父さんの担当に拡張されたとのすごいお話。はてさて、どんな深遠な会話が夫婦間でなされたのであろうか。

実質賃金が上がらなくなって久しいわが国では、昼の手弁当は多くのサラリーマン諸兄にとって飲み会予算捻出の必須アイテム。ダンナが作ればよいのである、となったのでなかろうか。サマータイムが、タテマエだけでも秘匿されていたわが国の夫婦のパワー関係の逆転を浮き彫りにすることになったのである。合掌!節電効果は不透明なサマータイムだが、夫婦間の力関係を顕在化させる効果はしっかりとあったようである。

しかし、不思議といえば、不思議なものではないか。たかが一、二時間程度、時計の針を進めるだけで、こんなに生活が変わるものか、と驚いてしまう。また、ドイツやロシアで、サマータイムが否定された原因として、「省エネ効果が薄い」ことと同時に、「開始時点と終了時点の二度の切替時期に体調を崩す人、ストレスを増やす人が多い」ことが経験値として明言されている。

一方で、サマータイムが、少子高齢化対策の懸案であったワーク・ライフ・バランスを一気に促進する好機だと主張されるノー天気な向きもあるようだが、それは時間偏重論のバランス論でしかない。健康や家族との関係、経済面など多面的に評価した上で、考える必要があるだろう。サマータイムは始めるときだけでなく、ともかく今秋に元に戻すときにも様々な混乱が生じるようである。従業員の生活リズム、生活バランスを毎年、二度も不安定にする要因ともなりかねないわけである。このあたりも呉々もご用心、怠り無きように。

さて、節電話を、もう一くさり。

ある酒造メーカーのケースが報道されていたが、「2アップ3ダウン」だという。つまり「上り2階分、下り3階分」のエレベーター禁止である。従業員たちがこの酷暑の中で薄暗い階段を、汗だくで上り下りしている情景が思い浮かぶ。メタボ対策にもなるんでしょうが、お歳柄、膝や腰に痛みを抱える中高年は大変だなぁ。大事な話があっても、上の階なんぞには行ってやんないぞ~って感じですかね。

今や、時の人ともいえる ソフトバンクの孫社長のところは、さらにすごい。いきがかり上、しょうがないのだろうが、彼が陣頭に立って節電目標を、なんと30%になさったとのこと。端から見れば暴走目標ともいえるものだが、社長が時の人になって目立っちゃったので、諦めるしかないだろうなぁ。

それでも、さすがにIT界の旗手、カッコいいのは、PCの管理でも節電をやると、タブレット端末「iPad」を全社員に支給し、内蔵電池だけで10時間近く動くので、電力使用のピーク時をこれでズラして乗り切ろうというアイデアを実現。オシャレなiPadを使えるのなら、一部の従業員たちは歓迎しているかもしれないですね。ハードワークで知られる同社だから、そんな甘い話ではないのかもしれない。

筆者の親友の保険会社でも、テレビ取材が押し寄せたようだが、大部屋をほぼ完全に消灯して、個別の全ての事務机にLEDスタンドを置いて、面倒な保険事務を行っているらしい。“蛍部屋”とか、“精霊流し部屋”とか、社内では呼ばれているそうだが、事務効率がすごく悪くてしょうがないらしい。だって廊下など机以外では暗くて書類の細かい数字が読めないのである。

不払いで評判を落とした保険会社で、節電でまた事務エラー多発!なんて訳にはいかないだろうから余分な神経を使います。テレビ取材が来なければ止められたんだろうね、すぐに。九月まで頑張って、集中してください。

いや~、暑い夏です。冷や汗もたっぷり出ていますが、実に暑い夏です。ホント。1945年8月15日、終戦の夏以来の暑い夏、、なのかもしれない(筆者は若いので当時のことは知らないけど)。この艱難辛苦をなんとか乗り切って、再び栄光の日々(?)を取り戻したいものである。弁当作りのノウハウが新商品の開発力を飛躍的に高めることも、あるかもしれないではないか。

今や、鴨川のシャチや品川のイルカまでが、節電騒動でヒートアップした日本人に冷たい水掛けをしてやるための訓練をさせられたとか。いやはや、ご多方面に迷惑をかけております。ともかく頑張って、乗り切るしかないである。辛い夏ではある。

頑張って、乗り切って、サクッと仕事終わらせて、サマータイム居酒屋にまっしぐらしかないようだ。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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