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コミュニケーション施策の「再生」

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二


いやはや、リーマンが一段落したかと思えば、次はギリシャ危機ですか...読者諸兄も筆者同様、「いい加減にしろ~」と嘆きたい気分ではなかろうか。そういえば、先日、家族と「タイタンの戦い」なるファンタジー映画をみたのだが、登場するギリシャの神々がなんと傲慢で役所体質であったことか。こんな人間臭い神々がおわしたお国にならば、ハチャメチャな理由の財政破綻もあるだろうな、と妙に感心、納得してしまった。

いずれにしても痛感するのは、はるかエーゲ海の小国の政府と国民が好き放題した落とし前を、世界経済が負わされるという否応無きグローバル時代に我々が生きている、つまり、いつの間にかみんな同じ船に乗っているということだろう。

そしてまたもや、公的年金・企業年金の運用利回りが激下がりするのは間違いないだろうが、生暖かいリストラ風が吹き始めることになるのは勘弁願いたいところである。くやしいというか何やら理不尽な話ではある。ここはヤケ酒といくしかあるまい、いずれにしても毎日飲むのではあるし...
さて、変なグチっぽい前置きが長くなってしまったが、本題に入りたいと思う。

コミュニケーション施策の変化


最近、色々な企業の担当者や業界紙の方々と接すると、コミュニケーション施策の「復活」というか「再生」を感じる機会か増えてきたように思う。そこで、少しこのテーマについて近年の経過も含めて考えてみたい。

わが国の伝統的な福利厚生制度は、レクリエーション、スポーツ活動を中心としたコミュニケーション施策を充実させることに特色があり、様々な取り組みが蓄積されてきた。忘年会、新年会、納涼会、ビアパーティなどの宴会系、社内運動会をはじめ、ソフトボール、ボーリング、綱引き、最近では、フットサルやウォーキングなどのスポーツイベント系、そして、バブルの頃には海外旅行まで盛んになった職場旅行系、というように実に多彩なイベントが企画され、労使協力しながら運営、実行されてきた。

国もこうした企業によって従業員に対して提供されるベネフィットについて一定の基(例えば職場旅行に要する期間が4泊5日以内であること、旅行参加者が全従業員数の50%以上であること、など)を決めて給与課税を免じてきたという点では、後押しをしてきたわけである。

そうした盛んだった、福利厚生でのレク活動も90年代のバブル崩壊以降、景気後退の深刻さが増すたびに次々と無造作に縮小または廃止されてきた。景気悪化による経費削減圧力の影響だけではなく、全社的に展開されていたイベントに対して、若い従業員を中心とした反発や拒否感も徐々にではあるが高まってきていたこともある。

もはや昔話になるが、週刊誌ネタにまでなった有名な「○○銀行、社内運動会、集団脱走事件」なんてこともあった。土日の休日に振休も与えずに参加を強要するような、“上から目線”の無理矢理参加型イベントに嫌気がさしてきていたのである。

職場単位の社内旅行などもセクハラ、パワハラのオンパレードとなって、女性従業員から忌避されはじめてきていた。生活も豊かになり、価値観の多様化や個人尊重主義が拡がってきていて「いつも会社のメンツだけでのワイワイばかりは、ダサイ」といった風潮があったようにも記憶する。加えてこの頃から「年功主義から成果能力主義」「出る杭は打たれる」という協調性第一主義の風土から、ある日いきなり「君も出る杭になりなさい!」なんて言われ始めた時代でもあった。

こうなるとどうも、「みんな平等、みんな同じだから」という一体感も後退し初めてきていた。学説的には、伝統的な福利厚生を支えてきた「経営家族主義」という労使共有のメンタルモデルが崩壊しはじめてきた時期とも重なる。

それまでは、社長が尊敬される家父長であり、従業員たちは可愛い子供達、リストラなんてとんでもない、厳しくも、慈恵的・温情的な心で、みんな仲良く一家として団結して頑張ろう...そう、本田宗一郎がホンダの若い技術者を率いて、徹夜々々の連続でCVCCエンジンを開発して、マスキー法(北米での排ガス規制法)を世界では初めてクリアしたような時代風景であった(小生お気に入りのProject-Xのお話)。今となってはなんと申しますか、ちょっとウザイところもあるけれど、古き良き、熱い時代だったわけですなぁ。

それが、“グローバル・スタンダード”などと呼んで崇め奉ってしまった大波に洗われる中で、一夜にしてモードが変わってしまった。家族として、愛息、愛娘として大切にされ、甘やかされもしてきた従業員たちは、ある日の朝、突然、“君たちは今日からビジネス・パートナーだ”と一方的に宣言され、突き放されて、ギョっとしてしまう。

やや、極端な構図に描いてしまったようだが、確かに、80年代の頃まで盛り上がっていた、“文・体・レク”と総称されたコミュニケーション施策が一気にしぼんでしまった時代性というか、背景がこのようなものであったように思う。

悪循環の処方箋は...


では、それでどうなったか。わが国のビジネスマンたちも、米国の、孤独な肉食獣のような、強い、クールな企業戦士にみなが皆、成長・変身できたのか。つまり、スタンダードなるものに近づけたのか。結論を出すのはまだ早いのだろうが、どうやら最近になって諸所の調査などを見るかぎりでは、あんまり上手くは変われなかったと言うしかない。

高水準の過労死・過労自殺、メンタル疾患による長期休業者の増加、定期健康診断での有所見率の上昇、若年層の“七五三”と呼ばれる早期離職、等々、急激な職場環境、職場風土の変化にキャッチアップというか、適応できずに苦しむ従業員たちが累々と続くことになる。早い話が、押しつけられた“グローバル・スタンダード”は日本人には向いてなかった、ということだ。

職場は何やら、いつの間にかギスギスして、風通しが悪いったらありゃしない。上司も、部下も揃って暗~い顔、怖~い顔をしてPCばかり見つめている。会議をやっても、互いに揚げ足取りや粗探しに終始して、ちっともクリエイティブなアイデアなんて出てこない。

いいビジネス・アイデアが目の前に出てきたとしても、“オレたちでやろう”なんて勇気ある発言をするリーダーは出現せず、“いいアイデアですね”なんてテキトウなコメントしたら、いきなり“なら、おまえやれ!”と...必要な権限も、予算も十分に与えられず、助け合う仲間が見つからないから、チームづくりどころじゃない。不運にも、リーダーに祭り上げられた人は、上と下との人間関係の調整にくたびれ果てて、メンタルヘルス不調へまっしぐら、なんて悲劇になってしまう。

そりゃ、普段から一緒に酒も飲まないし、プライベートに相談しあったり、いっしょに遊んだりしないから、どんなキャラのヒトなのかもわからない。互いに警戒ばかりして、緊張感だけが常に高い。そんな職場に帰属意識なんて持ちようがないから、またまたストレスが溜まる。だからイライラして周りに当たりちらして、職場にさらにストレスを増殖させる。いやはや、悪循環だ。そんな辛い職場が増えてしまったように思える。

で、何か処方箋はないのかしら~と探したら、ポイ捨てした福利厚生のレクだったというのが話のオチなのであろう。そう、性格のわからんいつも啀み合っている同僚、上司、部下なんでもいいから皆で温泉にでも行って、気を失うほど痛飲して、お手々つないで裸踊りのひとつでもやってしまえばいいのだ、というのが筆者の拙い経験から煎じた良く効くお薬なのである。まずいかな...セクハラかもしれませんな。

ともかく、面倒な時代であるが、他人と仲良くなる方法は不変なのである。「一緒に旨いものを喰う」&「一緒にバカをやる」、そしてできれば「一緒に達成感の持てる良い仕事をして、喜びも分かち合う」ということでしょう。

メンタルヘルスとレク活動の関係


どうもそういう雰囲気がなかなかできていなかったようだ。図1は、国民生活白書が数年前に特集した「ヒトとヒトのつながり」の中で紹介されたデータで、筆者も講演などでよく使わせていただいているものである。

ランチを誰と食べるか、という調査である。なんと、非正社員で4割近く、正社員でも3割のヒトが職場の仲間とほとんどいっしょにランチをしていないという。これが週に1~2回、月1~2回まで含めると5割以上が、ランチは別のヒトとか、あるいは日比谷公園のベンチでひとりぼっちで、コンビニ・サンドウィッチ...ということのようだ。なんと寂しい映像じゃありませんか。これじゃ、メンタルヘルスも増えるでしょうって。


職場の人と行った昼食の就業形態別頻度割合


メンタルヘルスとレク活動の関係といえば、最近、小生も関わった公務員のケースが典型例である。図2は最近の公務員の長期病休者、特にメンタルヘルス系の長期病休者の推移であるが、ご覧のとおり、平成18年あたりから急増している。この現象の背景には、社保庁問題などもあるのだが、より広範囲の問題として一連の不正財源によるレク活動への社会的批判に端を発する動きがある。

年金財源、道路財源の流用でのマッサージ機、ゴルフ練習機購入など色々な喜劇的問題が発覚し、その結果として、国家公務員のほとんどのレク活動が自粛されることとなった。自己負担方式での職場の懇親会なども自粛されてしまっている。

レク活動、コミュニケーション施策などのストレス解消効果は必ずしも、明確に見える形で確認できるものではないが、潤滑油であることは間違いのないところで、従業員同士の一体感づくりのきっかけにもなり、普段あまりコミュニケーションのない他部門の人との交流の貴重な機会になって、職場の鬱屈した雰囲気の風通しをよくする効果は大きい。特に、コミュニケーションのヘタな草食系の若手社員の早い職場適応などには持ってこいの施策なのである。

このデータを見ると、公務員だ、税金が財源だからといって、あまりいじめない方がいいと思う。世界的にみると良質な公共サービスを提供していることは事実なのだ。レク活動くらい心置きなくやらせてあげようではないか。それで笑顔の公共サービスが復活するのなら安いものだ。

公務員にとって、今は、レクリエーションは「税金のムダ遣いだ」とばかりに真っ先に事業仕分けされそうな物騒な制度になっているようだが、民間、公務員を問わず、労働者のやる気、気力の再生、職場の活性化のためには、ちゃんとしたレクリエーション、つまり再生効果の高い制度を労務管理の一環として位置づけなければならないのである。ま、色々な事があったが、民間企業ではレク活動の必要性や意義が見直されてき始めたようである。

一般職の公務員における長期病休者及び長期病休者の推移



コミュニケーション施策の「再生」

図3は、最近、産労総合研究所が行った企業調査の結果である。「社内行事・レク」「社員旅行」ともに2009年に大きく実施率が回復してきたことがわかる。 先に述べた若年層の早期離職問題やメンタルヘルスの蔓延、雇用形態の多様化による従業員間でのコミュニケーショ阻害など、ンが失われてきたなかで、こうしたコミュニケーション施策の必要性が、やっと再認識されてきているようである。

このような社内行事・レク、社員旅行などの福利厚生制度は、賃金制度との代替性の希薄な代表的なものといえる。職場の雰囲気や安心できる帰属意識、風通しの良さといった経営的効果は福利厚生が効率的に実現させるものではないかと考えられる。賃金制度等の改善では、これらの組織風土、組織文化の形成にはなかなか効果がないものである。

ましてや、近年の成果業績主義への傾斜によって、従業員間での一体感といったもの対しては逆効果をもたらすものとなっている可能性も指摘される。ここは、各労使、知恵を絞ってスマートで従業員に歓迎される面白いレク施策を考案していただきたいものだ。古臭い、若い世代に毛嫌いされるような施策が復活するのでは意味がない。

時代の空気を読んで、従業員の繊細な感情や体質にマッチしたカッコいい施策を編み出していただきたいものである。そういう手作りの素晴らしい施策、制度は伝説化してゆき、いずれは活力ある企業文化にまで昇華するものになる。
ここは、力の見せ所ですなぁ、福利厚生の担当者諸兄。


コミュニケーション施策の復活

 

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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