山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授
西久保 浩二
わが国は少子高齢化が本格的に進行するなかで、生産年齢人口が急速に縮小し、国内での労働供給が危ぶまれて久しい。この環境変化に適応すべく政府は労働供給の多様化を図ってきた。働き方改革の目的がまさにその供給の多様化であった。
女性、育児・介護・疾病との両立者、副業・兼業、就職氷河期のニート世代など、これまで労働市場への参加が難しかった人々に門戸を広げようとしたわけである。この文脈のなかで、「高年齢者雇用安定法」が1月に改正され、事業者には70歳までの就業機会の確保が努力義務とされた。元気な高齢者にもっと働いてもらおう、そして社会保険料を支払っていただこうという話である。
いよいよ”高安法”が本年4月1日施行となるわけだが、コロナ禍という予想外の環境下でのスタートとなり、どのような動きとなっていくのであろうか。そして、高齢者層の拡大が福利厚生のあり方に何を求めてくるのかを考えてみよう。
目次
contents
まずコロナ禍以前において就業年齢の高齢化の促進に対して、労働研究界で関心を集めてきた議論は、高齢労働者と若年労働者との関係性、つまり代替関係か、補完関係か、という点であった。
前者は、両者に負の因果関係が存在し、既存の雇用者である前者の定年延長、再雇用などによって、新卒採用など若い世代の雇用が抑制されるのではないか、という観点である。
一方、後者は負の相関がみられるが、それは両者の相互補完的な関係によるものとみる。例えば、コロナ禍以前の深刻な人手不足の時期には、中小企業や不人気業種では新卒採用、若年者採用が困難となるため、労働力を不足させず維持するために補完的な役割として高齢者雇用を活用するという関係である。この場合にも負の相関となるが、因果の方向は逆となる。
このテーマに関しては国内でも多くの先行研究がある。一部、紹介すると三谷(2001)、玄田(2014)などが代替的関係を主張するもので、中高年層の雇用が多い企業ほど、若年者採用、中途採用共に抑制されていることを定量的に検証した。
一方、太田(2010,2012)、近藤(2017)などは、負の関係性があるが、それは弱く、部分的なものしかない。あるいは上記のような補完的な対応であるとした。
これまでの先行研究の経緯では代替か、補完かという断定的な結論は出ていないようだが、いくつかの条件下において双方の反応が現れ得ると考えるのが妥当ではないかと筆者はみている。
例えば、好景気で労働市場がひっ迫し、人手不足になると補完的となり、反対に景気後退期で過剰感を高まると厳しい解雇法制の影響もあって、若年者の採用を縮小させざるを得なくなる、という話である。
労働市場の状況だけではない。賃金制度の影響も指摘されている。すなわち、年功的賃金では、中高年層ほど自身の生産性を超える過剰な賃金が支払われているとされ、このため若年者の人件費負担が圧迫されるという考え方である。また逆に近年の60歳以降の再雇用制度などで散見された大幅な賃金低下の場合では、高齢者の犠牲(賃金減)によって、より多くの若年者雇用が実現しているとみる。
この話は換言すれば、年齢に関わりなく、個々の生産性に見合う賃金額が決定される制度ならば両者の雇用に互いに影響のない中立的なものとなるわけである。
では、このような前提で、Withコロナの状況での今回の法改正がどのようなインパクトとなるか考えてみる。
まずは株式市場で「コロナ七業種」(飲食、宿泊、陸運、小売り、生活関連、娯楽、医療福祉)と呼ばれる苦境にある業種では需要の大幅な後退に伴って雇用に対して強い過剰感が出てきている。そうした深刻な状況のなかで、既存従業員の70歳雇用への延長対応は極めて困難というべきだろう。あるいは改正によって反作用が生じることも懸念される。つまり、早期退職勧奨など雇用調整を前倒しで実施するきっかけとなる可能性もある。先の論理でいえば、年功色が色濃く残る賃金体系を有する企業ほどその懸念は高まるだろう。
ただ、その中高年層の雇用調整が逆に若年者雇用に補完的に結びつくかといえば、当面の間はそれも手控えられる可能性が高いのではないか。これらの業種ではコロナ禍に伴う労働需要の縮小はそれほど深刻だからである。雇調金などの政策支援でなんとか持ちこたえていただき、ワクチンによる劇的な経済復活効果を望みたいものである。
暗い見通し話ばかりでは辛いので、明るい展望も述べておきたい。
コロナ禍による負のインパクトが最小限に抑えられている業種、あるいは“巣ごもり消費”などの特需の恩恵を受けている業種では今回の法改正を歓迎できるのではないだろうか。労働需要が増加しているとすれば、定年延長や定年制廃止などの措置で高齢者雇用を受け入れる可能性がある。この可能性はコロナ禍に伴うテレワークの浸透が大いに追い風になっていると推測される。
まず、企業にとっても彼らのためのオフィス費用、通勤交通費などのコストをかなり軽減できるであろうし、60歳代前後の中高年世代であっても、今回のコロナ禍で否応なくテレワークを経験している。そこで経験値、スキルを得ているはずである。
また、高齢者の立場から見ても、加齢によって体力が後退するなかで毎日の通勤疲労が回避できる働き方となれば、体力に自信がなくなった層でも継続就労意欲が高まると考えられる。今や、顧客への営業活動などでもテレワークが活用できるようになりつつあり、高齢者の活躍の場が拡がっているのであると考えられる。ベテランの営業マンがテレワークでいつまでも活躍できるとなれば、大きな戦力であり、若者たちはもっと奮起しなければならなくなるだろう。
最近では、既にコロナ禍よってテレワークを前提とした「テレワーク採用」という新しい採用方式が登場し、人気を博しているようだ。それに倣って高齢者のための「テレワーク再雇用」「テレワーク定年延長」という新形態が生まれても不思議はない。
現在、まだ現役の中高年層で70歳までの就労を望むビジネスマン諸兄は、伝統的な対面型の働き方を懐かしがって、テレワークを望む若年層を無理に会社に戻そうとせずに、むしろ自らの高齢期に備えてテレワーク・スキルを高めておくことをお勧めする。
さて、このように高齢者がテレワークによって活躍してもらうとしたときにどのような支援、福利厚生制度が求められてくるのか。
高齢者家計の特徴としては医療費負担の大きさがある。
まずは「医療費支援」が歓迎されるだろう。また、健康維持のためのこれまでの施策の「高齢者向けへの修正・充実」が必要である。これまでの健康施策はどうしても若年、中年向けの予防型施策が多かったが、これからの高齢者が在宅でできる健康維持・回復施策が必要となる。そのほかに、介護用品、在宅介護用の居宅リフォーム費用、高齢者用生活用品(補聴器、車イス等々)なども有効であろう。高齢者の就労実態、生活実態を改めて精査して施策編成・開発を考えてもらいたいものである。
70歳雇用があたりまえの時代、つまり、新規学卒で50年就労時代となる日も近いのである。人材管理も新たな適応、進化が求められている。
西久保 浩二
山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授
一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。
<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長
(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会」委員
(財務省)
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。
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