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採用市場の大変動時代の福利厚生とは

考えている就活生

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

コロナ禍が5類移行でようやく収束となろうとする中、採用市場に歴史的ともいえる大きな変化が生じている。

 

日本経済新聞社が4月にまとめた採用計画調査で、2023年度の採用計画に占める中途採用の比率は過去最高の37.6%となったことが報じられた。これは2016年度と比較すると二倍に拡大したことになるそうだ。前年2022年度と比較しても24.2%と急増している。

 

この変化の象徴的な動きとしては、メガバンクの動向がある。

3メガバンクが一気に中途採用を拡大させており。21年度の実績と比較すると実に4.5倍となる。

これは採用予定数全体の4割に届こうという勢いである。なかでも三菱UFJ銀行では24年度には中途採用数を新卒採用数とほぼ同水準にするとも報じられている。

Fintech(フィンテック)の動きが急拡大するなかで、即戦力のICT技能を有する人材を求めるなかでの動きでもあろう。

 

 わが国で長く支持されてきた、いわゆる「新卒一括採用」慣行が大きく揺らいでいるわけである。

この慣行の歴史は古い。遠く大正初期の好況期に、各社が優秀な人材をいち早く確保、先取りするために始まった制度である。当初の中卒、高卒から始まり、さらに大卒にまで拡大した。その後、戦後の高度成長期には終身雇用、年功賃金などを含めた「日本型雇用慣行」の基本的な要素、欠かせない有機的な結合関係を持つ要素として組み込まれ、完成された。

欧米、アジアを含めて新卒採用の実態はあるが、これほど全般的で、顕著なものは諸外国には見られず、わが国特有の慣習とした深く根付いたものである。大正期から数えると、実に百年続いた強固な慣行といえるだろう。

 

もちろん、労働研究界においても、その合理性を論じた数多くの先行研究がある。

例えば、近年では人的資本理論に基づき「企業特殊的スキル(その企業だけで通用する技能)」を望むが企業によって支持され、一般化したとする太田(2010)や、「白い布仮説」を提唱した永野(2004)などか有名である。

ちなみに「白い布仮説」とは「白い布は何色にも染めることができて、一度、染められた布を染め変えるのは容易ではない」とするアナロジカルな論で、新卒者が企業特殊スキルを身に着けやすいだけではなく、その企業の企業文化、組織風土などへの高い適合性が高く、それが競争力の源泉となると、同時に転職抑制、つまり人材流出を防止する合理性がある、とするものである。

 

そういえば、大昔の就活面接では、学生達が「御社の色に染まりたい」などと、媚びるようなアピールをするケースが多々あった。脱線してしまうが、記憶に残る当時の都市伝説として、サッポロビールの最終役員面接で、最初からずっと無言で通して顰蹙をかっていた学生が、最後に一言、「男はだまって、サッポロビール!!」と大声で宣言して、見事、内定を獲得した」という笑い話のような伝説がまことしやかに流れていた。


このフレーズは、当時の同社のCMのキャッチフレーズであること言うまでもない。御社に染まりたいという意志を見事に表現したわけで、可愛い学生とみられたのであろう。私が社長でも是非、採用したくなりますな(笑)。だが、新卒学生だから通用した“技”であることも間違いない。

 

ともあれ、こんな都市伝説まで生んだ労働慣行が、今や上記のとおり、激変しようとしているわけである。

この変化の背景としての要因は多重的である。

 

 まず、コロナ禍後の需要回復の中で売り手市場、つまり新卒採用の困難さが深刻度を増しており、苦肉の策として中途採用にシフトせざるを得ないという点がある。

一方で、需要が高まっている、いわゆるDX人材を獲得する上では、必ずしも新卒採用で重視される学歴は重要ではなく、実績、スキルが注目されるようになっているという側面がある。

 

この動きはDX人材に限らず拡がりつつある。このさらなる背景としては、自虐的だが、わが国の大学には即戦力の人材育成力、最先端の高度専門知識の教育力に期待できない、という悲しい現実もある。この動きの証左としてリファラル採用(主に社員の縁故による採用)が、確実に広がりつつある。これは自社社員の方が友人・知人の真の実力を見極めてる力があるという話でもある。

 

 学歴信仰のような、ある意味で安易な指標に基づく採用では、本当に必要な人材、適性の高い人材が確保できなくなっているというわけである。これは、近時のメンバーシップ採用からジョブ型採用という潮流とも合致する話である。

 こうした諸要因をみてみると、この新卒から中途へという流れは確立するものとも考えられる。

 

 そして採用市場が大きな構造変化を見せている現状において、これまでの福利厚生のあり方でよいのか、という当然の疑問、論点が浮上してくるわけである。

 この変化への、福利厚生としての適応について考えてみたい。

 

 上記のとおり、「新卒一括採用」が長く大前提となっていたため、採用力が期待された福利厚生施策の多くは、彼らのニーズにいかに適合するか、そしてアピールできるかに腐心して開発、導入されてきた。その典型例が「住宅」施策である。地方の実家を離れて大都会へとやってくる彼らにとって、まず気になるのは、やはり「住まい」である。

このニーズに応えるべく独身寮の整備に多大な投資を行ってきた。社有であれ、借り上げであれ、手当であれ、高コスト、高固定費で厄介な「ハコもの」ではあるが、採用力に直結する施策であるため注力せざるを得なかった。

しかし、である。仮に中途採用がメインになるとすれば、これは無用の長物となり兼ねない。中途採用の応募者は、当然のことだが、既に勤務地に通勤可能な地域に何らかの住居を確保していることは間違いない。つまり、独身寮、社宅も含めて現物の「住宅」へのニーズは薄い。

ニーズがあるとすれば「住宅ローン補助」「家賃補助」であろうが、都会での“家なき子”であった新卒社員に比べると切実なニーズではなかろう。この話に中途採用でのテレワーク採用の拡がりを勘案すると、さらに現物型の「住宅」施策の行き場はなくなっていく可能性が高い、ということになる。

  

コロナ禍直前の頃、大手企業の中には社員食堂やオフッイスをお洒落にリニューアルし、新卒の採用過程で応募者に“見せる”ことで採用力として大いに活用していた。

どうも、最近の新卒の彼氏彼女たちは、この“お洒落”に弱い傾向が顕著である。「お洒落なところで働きたい」というわけである。まぁ、働くことの実態を未だ経験していない彼氏彼女だからしょうがないのだが、映える(バエル)空間についつい魅かれてしまう。

 

こうした映える系の福利厚生施策は、おそらく、中途採用応募者には通用しないだろう。社会人としての就業経験、生活経験がある彼らには、より実質的なメリットを見極める力がある。それは何か、、、、介護・疾病も含めた両立支援、健康維持支援、リスキリング時代に適応できる高度な自己啓発支援などであろうか。このあたりのニーズ調査は未だ十分ではない。中途採用者の福利厚生ニーズについては、新卒と対比した形で改めて分析してみたいと思う。

 

この採用市場の構造変化は、一過性のものではなく時代の要請であり、今日の日本企業の競争環境の激化のなかでの必然的な適応行動とみるべきであろう。これには、福利厚生も否応なく、適応的進化が求められてくることとなる。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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