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テレワーク、その甘い蜜のもたらす変化

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

先日末、興味深いニュースが配信された。

ヤフー (Yahoo! JAPAN)が、新しい人事制度「どこでもオフィス」なるものを開始した成果をあげている、というニュースが報じられたのである。

 この「どこでもオフィス」という制度は、文字通り働く場所を自由に選択できるリモートワークの先進的な制度である。


制度そのものは既に2014年から開始していたようだか、コロナ禍で対面就業が強く制限されるなかで、2020年には、それまで月5回だった制限を全面解除した。つまり何日でもリモートワークができることになった。また、さらに拡充を進め、2022年4月からは通勤手段の制限を緩和し、飛行機や新幹線を利用した出社や、居住地を全国から選択できるように思い切った拡充を行い、飛躍的に自由度を高めた。同時に重要な点として、交通費の片道上限を撤廃したのである。


また、自宅等での働く環境を整備するための「どこでもオフィス手当」として、毎月最大1万円の補助を支給した。加えて、空間的に分散してしまう社員間でのコミュニケーション不足を補うべく、社員間での懇親会等の飲食費用を補助する「懇親会費補助(5000円/月)」を導入し、既に半数以上の社員が利用した、という。また、テレワーク環境でも社食の味を楽しめる「オンライン懇親会セット」も用意された。さらに、業務上のコミュニケーション対応としても、上司と部下が週に1回程度面談をする「1on1 ミーティング」を制度化している。


こうしたテレワークへの対応は各社、コロナ禍の深刻化とともに拡充の動きを見せてきていたが、ここまでの徹底した自由度、そして福利厚生施策での支援を含めた手厚い促進策はなかなか見当たらないのではないだろうか。


そして、この新制度の開始後の成果として、先月末時点で社員約400人が1都3県以外の地域へ転居し、そのなかでも130人以上が飛行機や新幹線での遠隔地の通勤圏へ転居したそうである。先日、山梨県の住宅価格が上がっていると聞いたのはこの影響か、と大いに納得した。


また、最も注目すべき「見える」成果として採用力向上への寄与がある。同社は、新制度の発表・導入前の2021年と比較すると、中途採用の応募者数が1.6倍に増加したことを発表した。なかでも1都3県以外の地方からの応募者数がかなり増加し、「これまではYahoo! JAPANで働くことが難しかった地域からの応募増加にもつながっている」などと述べている。


さて、このケースに接して、筆者が感じたのはコロナ禍のインパクトによって、わが国の働き方が着実に、そしてかなり劇的に変化し始めている、という印象であり、同時にこうした方向性が加速される可能性が高い、しかもそれは不可逆的な動きと推測される点である。また、この動きに合わせてわが国の伝統的な福利厚生のあり方も大きな変革を迫られることになるだろうという実感である。


企業にとって採用力という競争力は、人材戦略として、さらには企業戦略実行のための基盤的な企業力として位置づけられるものである。今回のケースのように充実したテレワーク環境の提供が調達労働市場の拡大(地方人材市場)や、Attraction(魅力度)として認知されることで直接的に応募者数を増大させる効果が確認されるとなれば、大きな変革が始まると予想される。特に、この中途採用応募者の1.6倍という数字の意味は実に大きい。単なる量的な変化に留まらず、確実に応募者数の増加は、採用できる人材の質的な向上につながる。つまり、より有能な人材を獲得できるようになる。


同時に、これらの応募者の多くは既存のIT関連企業・業務からの転出を伴っていることを考えると競争企業の人材力を削ぐ効果を伴っているわけである。IT業界の中にはソフトウェア系、ハードウェア系、そして情報処理系の業務を行う企業が数多く存在するが、業界内での人材争奪戦の軸が、“テレワーク環境”となりつつあると考えられる。


これは、IT業界内に限られた人材争奪戦ではないことも明らかである。DXが叫ばれるなかで、全ての業界で社内に有能なIT系人材を強く欲しているはずである。例えば、ものづくり代表的業界としての自動車関連産業においても、EV化、自動運転、安全技術、コネクテッド化などAIやIoTなどの最新のデジタルテクノロジーが今後の競争力を大きく左右することが確実視されている。IT人材が魅力あるクルマづくりには欠かせないのである。

「ものづくり企業だから、テレワークはほどほどに」といった、中地半端な対応では有能なIT人材の獲得は困難になることは間違いなかろう。先日、大手自動車メーカーがコロナ禍の収束とともに、テレワーク撤廃を宣言していたが、さて、同社の採用力がこれからどうなるのか、、、、老婆心ながら懸念されるところである。


今回のYahoo社のケースをどう捉えて、今後の自社の人材戦略に活かしていくのか、やがて後年、象徴的な転換点となるようにも思われる。


さて、こうした大きな働き方の変化の動きのなかで、福利厚生の世界はどのよう適応していくべきなのか。


まず、今回のケースを見て再確認できる第一の重要なポイントは、快適なテレワークの実現のためには福利厚生による多様なサポートが不可欠である、という点である。換言すれば、「テレワークで、福利厚生は不要になる」という説は見当違いも甚だしいともいえよう。


ただし、「働き方が変われば、福利厚生も変わらねばならない」、「常に変化に適応する」という大原則は変わらない。伝統的な対面・集合型就業を前提とした福利厚生サービスの提供のあり方、コンテンツでは機能不全に陥る危険性があることも間違いないだろう。いわゆる「ハコもの(施設付帯型施策)」の役割が後退せざるを得ない。

しかし、「衣・食・住・遊」の生活支援、健康、自己啓発などの領域での従業員ニーズ、そして企業が求める経営的効果が消失したわけではない。新たな働き方に最適化された提供方式、コンテンツに変換していくことで従業員ニーズを充足させ、採用力、定着性、モチベーションといった経営的効果を確実に獲得することが求められている。外見的な既得権に囚われて、この変換が遅れることは大きな失点、停滞となると懸念される。

最後に、テレワークの流れがなぜ“不可逆的”なのか、改めて考えてみた。
筆者は、「“自由”という魅力には誰も逆らえない」、という、結論に達した。

毎日、定時出勤のために辛い満員電車に揺られ、会議だ、打合せだ、と時間が他律的に制約される日々から、一旦、解放されてしまったテレワーク経験者は、なかなか元の世界には戻れなくなるのである。

つまりは、“自由”という禁断の甘い蜜を吸ってしまった働きバチたちは、もう古巣には戻れないということではなかろうか。これは対面で育った昭和世代の筆者の実感でもある。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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