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人的資本開示の時代、、、新たな学習のあり方は

人的資本コラム

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二

2021年6月、東京証券取引所の「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」が改訂された。この改訂の目玉は「人的資本」に関連する情報開示が追加された点である。

そもそもこのコード自体の目的としては、上場企業が、株主、顧客、従業員、地域社会など様々なステークホルダー(関与者)との望ましい関係性を維持し、企業を監視する取締役会などの組織のあるべき姿について示すこと、透明性を担保することにある。そのための共有されるべき原則集であり、指針集といってよい。日本では2015年に初めて策定された。

 だから、法的な強制力はなく、当然、罰則規定もない。なら放置しよう、となれば楽でいいのだが、やはり、そうもいかないのであろう。


暗にだが、欧米でいわれる「従うか、説明せよ(comply or explain)」という原則があると推測(?)されている。つまり、開示しないなら、しない理由を述べよ、的な圧(あつ)を感じさせるものなのである。

 まぁ、要するに上場企業にとっては無視することはできないわけで、聞き慣れない「人的資本」なるものの情報の開示を迫られることになってしまったわけである。

人事労務の世界で、これまでこの「人的資本」という用語はほとんど使用されてこなかったのではないだろうか。

それまでは労働者の呼称は、社員、従業員、人材、そして人的資源など多様な用語が混在していたが、“人的資本”はほとんど用いられなかったように思う。

それがいきなり聞きなれない「人的資本開示」である。唐突感は否めない。


人的資本という用語自体は1960年代に労働経済学者であるG.S.Beckerによって提唱された人的資本理論によって注目されたものである。簡単にいうと、投資の対象として、それまでの物的資本や金融資本と同様に、「人」も投資の対象となる「資本」であるとした。投資、すなわち教育や訓練、経験によってその価値を増大させることができるものとしたわけである。これは経済学にとっては極めて大きな飛躍であったとされており、彼はノーベル賞も得ている。この後、教育経済学、開発経済学といった新しい分野を産み出されることになった。

人的資本がこうした投資対象という存在であるがゆえに、東京証券取引所の「コーポレートガバナンス・コードに登場したわけである。納得、納得。というわけで人材投資、人的資源投資ではだめなのであって、人的資本投資なのである。そして誰のためのものかいえば、明らかに投資家のための情報、資本市場が求めた情報なのである。

 

いずれにしても、既に開示事例も数多く出回ってきており、自社としてこれから何を、どのように開示するか、市場に訴求していくか、思案しなければならない状況となった。そして何より、この人的資本への投資として何に注力していけばよいのか、実効性のある投資戦略を再考しなければならなくなった。

 こうした株式市場に代表される資本市場からの「人」に関する情報を求める声が大きくなった背景には、企業価値(時価総額+負債価値)の維持、そして向上のために「人」という生産要素の重要性が近年になって飛躍的に高まってきたからにほかならない。

 この点を指摘したのが経済産業省から2020年9月に発表された、いわゆる「人材版伊藤レポート」である。

 これは日本企業にとっても、従業員にとってもはずいぶんと手厳しいレポートとなっている。。

 例えば、「企業への学びへの投資額」について、国際的に極めて低い水準にあるとのデータが示された(図表1)。欧米との格差は著しいものである。GDP比でみるべきか、という点は議論のあるところだがそれにしても、、、、。

 

人的投資の国際比較

※図表1
「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(令和2年9月 経済産業省)」P40図表14より抜粋


従業員についても同様である。図表2は同出所のデータだが、個人の社外学習・自己啓発に関するもので「行っていない」とする労働者の割合がダントツに高い。

社会学習・自己啓発を行っていない人の割合

※図表2 同出所」P40図表13より抜粋

 

この二つのグラフに意外感、違和感を覚えた読者も多いのではなかろうか。筆者もそのひとりである。勤勉な日本人労働者が自身の仕事についての学習を疎かにするはずがないのでは?と。

図表1には宮川(2018)より作成との表記があって調べてみると、違和感が解消した。

企業については「OJT除く」とあり、従業員の方も「社外学習・自己啓発」とある。つまり、企業が実施している教育訓練・能力開発が除かれたデータなのである。宮川氏も「このデータがoff the job trainingを対象にしている点にある。日本の人材育成では、労働時間の1割程度を占めるとみられるon the job trainingも重要な役割を担っており、これが含まれていないことが大きく影響している」と述べている。

まぁ、企業による教育訓練費についても先進国のなかでは現在、かなり低位になってしまっているのだが、図表2が示すような、アジア諸国よりも日本の労働者が学習していないということはない。OJTによる教育訓練を計算に加えれば日本の労働者はそれなりに教育訓練を受け、学習を行っている。という点で図表2は結論ありきの、何やら、誘導的なグラフだね(笑)

しかし、企業価値を高めるための人的資本投資の効率性、有効性という点で、OJTの評価があまり芳しくないことも事実である。これはOJTが既存の技能、技術の維持・伝承という点では効果的なものであるが、イノベーションを含んだ新たな価値創造という面では不得意で、OffJTによる未知の知識、多様な知識に触れることが優位であり、極めて重要なのきているのである。

言うまでもなく、今、日本企業に求められているのは後者、つまりプロダクト・イノベーションを伴った価値創造によって企業価値を高めることである。

 となれば、OJTからOffJTへと教育訓練の軸足を移していく必要がある。

 そこで、福利厚生の柱のひとつである自己啓発がOffJTの中核として注目されることになるのであろう。折しも、テレワークの浸透に伴って通勤時間が消滅し、労働者の裁量時間が増えている。在宅の彼ら自身もキャリアへの危機感からか、学習意欲を高めているとする調査もある。またリモート型の教育サービスもずいぶんと充実してきたようでもある。

 福利厚生における自己啓発を大いにブラッシュ・アップする絶好の機会ではなかろうか。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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