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「ガチャ」なる諸現象の功罪

「ガチャ」なる諸現象の功罪

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二


最近、人事労務界隈では「〇〇ガチャ」なる言葉が話題に上ることが多い。

ガチャガチャ・ポンで何が出るかが、楽しみである例のカプセルトイ自販機から派生した「ガチャ」である。最近では、ソーシャルゲームの機能である「ガチャ」にあるように運良く「SR(スーパーレア)」を引き当てられるか、陳腐なものか、というくじ引き的な機能でもある。

それらを子供の頃、学生時代に大いに楽しんだ世代が社会人となり、会社に入社すると、突然、意に添わぬ「配属」「上司」「職務」に直面することを「ガチャ」と表現して諦観するのであろう。元々、始まったのは「親ガチャ」らしく、子供は親を選べない、という毒親をもってしまった子供たちの不幸や格差の固定化を表現したようである。

いずれにしても、あまりに世間が、ガチャ・ガチャと騒ぐので企業側も怖気づいたか「ガチャ対策」を始めて企業アピールに活用しようと目論見はじめた。某保険会社では、新入社員の初期配属を親元、もしくは出身大学近隣に限定すると宣言したのである。いやはや、どこまで“寄り添え”ばよいのやら、である。

ともかく、この「ガチャ現象」とは何なのか、その功罪について冷静に考えみようではないか。

まずは「罪」なる側面、つまり問題、課題は何なのか。

これはやはり労働研究では古くはSchein(1968)によって提唱された「RS(Reality Shock)」であり、その中でも「NS(Negative Surprise : 負の驚き)」ということであろう。

学生時代まで慣れ親しんだ自分の街、人間関係、価値観などと、かけ離れた場所、人間、仕事と向き合わねばならない環境に突然、放り込まれれば、戸惑い、悲観し、悩むことになるだろう。この突発的なストレス状態によって、早期離職、メンタル・体調の不調といった人的資源管理上の問題に発展する危険性はある。
もちろん、企業にとっての問題だけはなく、労働者側にとっても頑張った就活の成果として夢膨らませて入社した企業を早々と辞めなければならなくなれば、長いキャリアの好発進とはならず、後を引いてしまうだろう。メンタル・体調不全もいうまでもなく大きなダメージとなる。
また、本人が「ガチャ」によってストレスや不満を感じている状態では、潜在的な能力をうまく顕在化できていない可能性もあり、労働力の活用、生産性の極大化という点での障害となる可能性もある。

「ガチャ」をできるだけ回避もしくは最小化したいとする理由はこのあたりだろうか。

 

しかしこの「ガチャ」、実は大いなる「功」も隠されているのではないだろうか。

例えば、見知らぬ土地への配属がある。配属ガチャである。東京出身の学生の初任地が行ったこともない無名の地方都市で誰も友人・知人がいない土地となるようなケースである。あるいは最初の上司が昭和世代、昔気質の就労価値観の持ち主で、何かと無理難題を求めてくるような人かもしれない。こうした配属ガチャ、上司ガチャに運悪く、直面したとする。「ああ、俺はなんと不運なのか」と嘆き、悲しむことになるのであろう。

確かに、当初はそれが現実とはいえ辛いものがあるだろう。身の不運を恨むことにもなる。その気持ちは理解できる。

しかし、である。

その新しい環境から学び、それに順応しようと努力する過程で適応力が高まるともいえる。それは能力であり、知識、人間関係力であろう、それらがしっかりと身に付くという側面があるのではなかろうか。いわゆる。人材としての成長を遂げるのである。

このとき成長の幅、糊代の大きさを考えたときに、おそらくガチャの程度が大きいほど、つまり理想とのギャップが大きいほど、辛いが成長幅が大きくなるとも想定できる。逆に言えば、大学生時代のような緩くて、自由な環境、気の合う仲間だけしか付き合わないような環境で、生涯過ごすことができたとしたら、果たして、職業人、人材として、どの程度、成長できるのであろうか、という話でもある。

実はグローバル人材研究においてはこのあたりに関心をもってきた。例えば、船越(2019)は海外駐在経験者 8 名及び、海外駐在未経験者 8 名に対するヒアリング調査に基づいて得たテキスト情報の分析から、グローバル人材として成長するために必要となる「経験」と「乗り越え」というキー概念を抽出した。そして駐在経験者による「経験」と「乗り越え」がより自律的で、早い経験学習サイクルを有するものであることを指摘している。

異国への配属が全て「配属ガチャ」とは断定できないが、異文化、異言語、異習慣の環境での職務を求められるという点では「ガチャ」と近似するものであろう。少なくとも国内配属よりはキツいはずである。

このように考えてみると、ガチャに遭遇した者ほど、辛いものではあろうが、成長の機会を得た幸運の持ち主であるともいえる。そうすると、冒頭の某保険会社は人材の成長速度にブレーキを踏んでしまったともいえなくもない。

このように配属ガチャ、上司ガチャにも功罪、両面があるとすれば、どの程度のガチャが許容範囲か、という閾値、臨界点の話となってくる。つまり、早期離職やメンタル不全といった不幸な事態に陥らない程度の適度な、Acceptableなレベルならば「功」となり、それを超えてしまえば「罪」となるわけだ。しかし、これも個人差があり、なかなかコントロールは難しいだろう。

ここで、我等の福利厚生が、このガチャ現象を緩和する役割を果たせることにも注目していただきたい。

「配属ガチャ」で辺鄙な地方都市への配属となっても、住まい、レジャー、スポーツ、多様な生活支援で快適な私生活が維持されれば、適応できるまでの時間をずいぶんと稼げるのではなかろうか。また、「上司ガチャ」で馴染めない偏屈上司と巡り会ったとしても、レク・イベントでうまくノミュニケーションの機会などあれば、意外と可愛いところも見つけられたりするかもしれない。福利厚生は、大いなる職場の潤滑油なのである。ガチャ特効薬かもしれないね。

最後に。

言うまでもないが、ガチャは若者だけの問題ではないのである。

「上司ガチャだぁ」と嘆いている君の上司たちも何処かの居酒屋で仲間たちし、「ああ、今年も部下ガチャだぁ」と嘆息し、慰め合っているかもしれないのである。筆者も最近の「ゼミ生ガチャ」に大いに難儀しているが、これを成長の機会と考えようと日々、腐心しているのである(泣)。

まぁ、お互い様ということなのだろう。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科 教授

 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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