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オリンピックを見ながらモチベーションを考える
【執筆:西久保 浩二】

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科教授
西久保 浩二


紆余曲折、百家争鳴、議論百出、、、まさに国家的な大騒ぎを経てようやく開催されたWithコロナ下での東京オリンピック2020。
それでも老若男女、特に十代などの超若い世代の大活躍を毎日、目の当たりにすると、、、やはり「開催できてよかった!」「活躍の場が得られてよかったね!!」「オリンピックっていいわぁ! ありがとう!!」という感想しかない。
いくつもの感動のシーンが記憶に残った。涙腺が弱体化・崩壊した今日この頃、娘に笑われながらも終日、テレビの前にくぎ付け。ばかりか、放映が重なる競技はタブレット、YouTubeも併用しながら完全ステイホームの慢性寝不足の日々であった。

しかしまぁ、本コラムでも以前にもWBCや冬季オリンピックのときに触れたこともあったが、労働研究者として毎回、思うことは、アスリート達のモチベーションの高さ、そしてその驚異の持続性である。

なぜ彼ら、彼女たちがあれほどの努力を続けることができたのか、そして極度のストレス環境、プレッシャーのなかで成果を出せたのだろう。その背景となっているモチベーションの高さと持続性をもたらしたものは何なのか。
普段は、テレビ放映どころかメディアもほとんど取り上げない競技が数多くある。
オリンピックでしか我々が見ることができないものばかりである。賞金もない、名声や賞賛もあまり期待できない。

例えば、スケボーなんて、これまではあちこちの駅前や公園で管理人たちから厳しい目で監視され、締め出されていたわけである。管理人さんたちは、一体、これから金メダリストとどう接するのだろうかと興味深々である。そして、まさに老婆心(爺だが)でしかないのだが、光の当たらなかった多くの種目の選手達は将来、ちゃんとした職に就けるのかなぁ、などとよけいな心配までしてしまっていた。

カエル好きの彼女の就活成功を祈るばかりである。
ともかく、一体、何が彼ら、彼女たちを世界レベル、メダルレベルまで技能やメンタルの強さを高めさせたのだろうか。不思議なのである。謎なのである。
今回のオリンピックは特に、モチベーションの維持が難しかったであろうと、ご推察する。一年の遅延、開催されるかどうかの不透明感、無責任なオリンピック開催批判、それゆえ素直に「開催して欲しい」と口に出せない社会からの圧力、などなど、これまでの長いオリンピックの歴史のなかでも最も困難な心理的環境をアスリートたちは経験していたのではなかろうか。
それでも、彼ら、彼女たちはモチベーションを維持し、見事な結果を出した。心から敬意を表したいものである。


そして、そのモチベーションの不思議の答えなのだが。
オリンピック、にわかヘビー視聴者としての筆者が、インタビュー等での数多くのアスリートたちで共通していた発言を聞かせてもらうことで辿り着いた個人的な結論は以下の二点に集約される。


ひとつは「借り(心理的負債(indebtedness))」である。そしてもうひとつが「仲間(チーム有効性(team effectiveness))」である。
この二つがモチベーションの根底にあるものではなかろうか、と。
前者はGreenberg(1980)が提唱した概念である。返報性心理、互酬性、互恵規範などとほぼ同義である。要するに、人は他の人から助けられたら、援助されたら、ある種の「借りができた」と感じる負債的な意識が発生する。この意識、心理がかなり不快なものであるが故に、不快感を早々に解消したくなる。つまり、「借りを返す」という行動を強く動機付けることになる。モチベートするのである。それが厳しいトレーニング、そして試合に立ち向かわせたのであろう。
そして、この心理的負債感を左右する二つの変数が指摘されてきた。


第一の変数が「自己利益(Own Benefit)」であり、もうひとつが「他者コスト(Other's Cost)」と呼ばれる。
内容は、ひとつめは自己の利益となる有効な援助であったかどうか、そして次が、援助してくれた他者がどの程度の相対的コスト負担をしたのか、というものである。

この二変数に関しては最近の実証研究で興味深いものとして、一言、新谷、松見(2008)がある。この研究では、米国人は「自己利益」に、そして日本人は「他者コスト」に強く反応して負債感を高めることが示された。あまり役に立たなかった援助では「借り」を感じない米国人。そして援助してくれた他者の負担に有り難さ、恩義を感じる日本人というわけである。やっぱ、日本人だねぇ、という話である。

ともかく、この負債感を強く感じているのが日本人アスリートであろう。「周りの支えでここまでこれました」「父さん、母さんとずっと一緒に頑張ってきました」「コーチがいつも傍で見守ってくれました」。こうした発言は、「他者コスト」に基づく強い負債感を感じている証左である。つまり、援助者たちも何らかの大きな犠牲を払い、献身的な支援を行ってきたということなのであろう。こうして形成された強い負債感が、強いモチベーションをもたらし、逆境にくじけることなく、辛いトレーニング、高ストレス下でのパフォーマンス発揮を実現させたに違いない。そして、その後に皆が「〇〇のおかげです」という感謝を表現したのである。


一方、チームスポーツを中心に、今回の歴史的な成果をもたらしたモチベーションの背景には「仲間」「チーム」有効に機能したことがうかがえる。
それはたとえ個人競技であっても、日本チームというものが強く意識されていることが彼らの共通項であったと思う。「チーム(team)」とは何か、という定義は数多く存在するが、概ね「2 人以上の人間が,役割を分担しながら,共有する目標の達成や価値の獲得のために,協同し連携する集団(山口(2020))」で代表してよいだろう。

このチームなるものはいくつかの機能を有している。定義からも「相互補完」「学習」「協同」などの機能か示されているが、それ以外にもメンバーのエンゲージメントを高める機能、心理的安全性を確保することで発揮される革新的な価値創造機能、そして実行力、等々である。
個人だけ、あるいは烏合の衆といった単なる集団では困難なミッションを克服できる力を得て、成果を出すことができる。これがまさにチームの有効性である。


今回のオリンピック参加チームの多くで目立っていたのは、メンバー同士の絆の強さであった。卓球という個人競技でも先輩の眼鏡をブレイクタイムの度に懸命に拭く後輩選手。演技に失敗した先輩の思いを引き継いで、集中力を高める後輩。補欠に回ったメンバーが懸命に選手たちを応援する姿、などなど。多くの選手たちが「日本チーム」というものへの帰属意識を強く感じ、そこに強い絆を感じていたのではなかろうか。
こうしたチーム内での絆の強さは「集団凝集性」とも呼ばれるが、これが高い状態では高いパフォーマンスが発揮されることが既に検証されている。


さて、オリンピックの感動を野暮な労働理論であれこれ解説してみたわけだが、その理由は彼らの素晴らしいモチベーションとパフォーマンスを、今、コロナ禍の中で多くの困難に直面する日本企業の職場において再現されることを願いたいからなのである。困難なこの時期を乗り切るためという点で、アスリートたちは先達なのである。
ともあれ、筆者には、史上、最も記憶に残る、暑い夏のオリンピックとなった。

この記事の講師

西久保 浩二

山梨大学 生命環境学部 地域社会システム学科

教授 一貫して福利厚生に取り組み、理論と実践の経験を活かした独自の視点で、福利厚生・社会保障問題に関する研究成果を発信している。

<公職 等>
「国家公務員の福利厚生のあり方に関する研究会」座長(総務省)
「国家公務員の宿舎のあり方に関する検討委員会(財務省)」委員
「PRE戦略会議委員(財務省)」委員
全国中小企業勤労者サービスセンター運営協議会委員
企業福祉共済総合研究所 理事(調査研究担当) 等を歴任。

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