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知ってほしい、“ハームリダクション”

産業医
日下 慶子

 

“ハームリダクション”という言葉をご存知でしょうか。

 シンプルに説明すると、“リスクのある行動を全面的にやめることなく、有害な影響を軽減すること”です。
“害を取り除く、ゼロにする”ことを目指して失敗するよりも、“害を減らすこと”をまず目標にして行動を変えましょう、という取り組みで、薬物問題の領域で使用の際の注射針から感染してしまうことを減らすために清潔な針を使用できるようにした、“注射針・シリンジプログラム(Needle-Syringe Programmes:NSPs)[i]”というプロジェクトが有名です。

広義のハームリダクションでは、交通事故死を減らすためのシートベルトやガードレールの設置も含まれます。交通事故で死なないようにするには、車を世の中からなくす、という方法が効果的ですが、それは現実的な解決策ではないでしょう。その場合にシートベルトをして車に乗ることで、交通事故の数は減らせないけれども、交通事故により死者がでるリスクを減らすことができる、というわけです。

その他にも、普通のタバコから電子タバコに切り替えることや、砂糖の代わりに人工甘味料を使用することもハームリダクションにあたるかもしれません。
ただし、電子タバコや人口甘味料の悪影響については、まだ解明されていない部分もありますので、本当にハームリダクションと言ってよいかどうかについては、議論の途中です。

 

 産業医面談の中で、「体に悪いので○○を止めましょう/減らしましょう」というという話をよくするのですが、実際に習慣になっている行動を変える(専門用語で“行動変容”といいます)のは、簡単なことではありません。やめなければと思っている行動があるときに、“悪影響があるものをやめる”を目指して失敗するのではなく、“悪影響を減らす”ことを目指して目標を設定することで、段階的に行動変容が成功することが多いのです。

  ハームリダクションは、ルールや規制ではなく、“態度”である、とも言われています。
ハームリダクションの観点では、“リスクがあることを責めたり無視したりしない。リスクや依存は私たちの世界の一部であることを受け入れる。そして、その悪影響をどのようにしたら減らせるか”と考えます。[ii]

職場にはリスクがたくさんありますが、リスクをゼロにすることはできません。リスクを探して取り除こうとするよりも、前述のシートベルトの例のように、リスクがあっても重大な出来事につながらないような仕組み作りができないかを、産業医としてクライアント企業と一緒に考えるようにしています。

 [i]Wodak, A., & Cooney, A. (2005). Effectiveness of sterile needle and syringe programmes. International Journal of Drug Policy16, 31-44.

[ii]The Principles of Harm Reduction. University of Nevada, Reno, School of Medicine, Project ECHO. https://med.unr.edu/Documents/med/statewide/echo/clinics/mediation-assisted-therapy/2017/ECHO_PowerPoint-_Principles_of_Harm_Reduction.pdf, (参照 2018-10-30)

この記事の講師

日下 慶子

<略歴>

産業医、精神保健指定医。京都大学大学院医学研究科(公衆衛生学)研修員

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