1. TOP
  2. 専門家記事
  3. 「ストレスチェックの開始にあたって考えること」

「ストレスチェックの開始にあたって考えること」

産業医
藤井 紀男

2015年12月からストレスチェックが本格実施となります。この制度、厚労省は「労働者が自分のストレスの状況を知ることで(中略)メンタルヘルス不調を未然に防止するための仕組み」と説明しています。

文字どおりに理解すると、未然防止の主体は従業員自身ということになります。一方、私たち産業医には従業員や職場のストレスの程度がデータとして提供され、高ストレスと評価した従業員への面談を行います。そして従業員からはストレスに対処するための助言を、事業所からは職場環境改善への意見を求められる場面が想定されます。

 今後、従業員のストレスとどう向き合っていくか。今回は、そういった視点で話題提供をさせていただきたいと思います。


メンタルヘルス不調における医療の役割とは?
 「ストレスそのものが無くなるわけではない。だから「うつ」は薬では治せないと思う。」これは、メンタルヘルス研修で出された従業員の意見です。

 気持ちや体調の上がり下がりは誰にもあります。気持ちが落込んでいる「状態」=うつ「病」ではありません。しかし、自らがコントロールできる限界を超えた場合、例えば睡眠障害で業務や生活に支障を生じている場合には、服薬などの医療的対応が有効です。特に自殺を考えるような状況であれば早急に医療につなげるべきです。

 とは言え、従業員が自覚するストレスが明らかで、その時点では具体的な不調はきたしていないものの不調をきたす蓋然性が高いと考えられる場合、ストレスへの対応が優先されるでしょう。

メンタルヘルスを悪化させるストレスとは?
 NIOSH(National Institute for Occupational Safety and Health:米国労働安全衛生研究所)は、ストレス反応や疾病の発症を人間関係や仕事量などの「職場のストレス要因」、性格や年齢などの「個人的要因」、家庭問題などの「仕事以外の要因」、上司や同僚の支援などの「緩衝要因」からなる職業性ストレスモデルを示しています。

 ストレスチェックでは、「仕事の量的負荷―コントロール」「上司―同僚の支援」という軸で仕事のストレスを判定する方法が示されています。

 私の経験では、当初は「職場のストレス要因」のみをあげていたメンタルヘルス不調の従業員も、面談を重ねるうちに家族の問題や将来への不安、能力や興味の低下など複数の要因をあげる場合が多くあります。一言では片付けられない種々のストレス要因が影響して不調を来たす場合が多いように思います。

従業員が感じているストレスとは?
 ストレスチェックで抽出される高ストレス者のストレスは、勤務時間の長さで抽出される長時間労働者とは異なる背景があると考えられます。ストレスチェックを試行実施した際には、他者や組織への不満、不公平感、「やらされている感」や「理解してもらえていない感」などをストレスと感じ、不安や抑うつの程度が看過できない高ストレス者もいました。


メンタルヘルス不調の未然防止に有効な支援とは?
 このような従業員と会話する中で、「コミュニケーションが苦手」、「思考パターンに癖がある」、「自己理解・仕事理解が不十分では」、などと感じる場合もあります。その場合、上司や家族などとの会話やEAPの利用をお勧めしたり、関連情報の提供を行ったりします。他者との付き合い方、物事に対する考え方、仕事や生活の意味などについて会話することで好循環に転じる場合もあります。

 これらは家庭や職場の中での支援を期待すべきかもしれません。しかし、ストレスコーピングの一環として考えた場合、私たちも何らかの役割を担えないものかと考えます。
 そのような背景もあり、私はキャリア・コンサルティング技能士の資格を取得しました。結果、従業員との会話の際の引き出しが広がったように感じます。

ストレスチェックは、メタボ健診のメンタル版!?
 生活習慣病発症の予備群を抽出し、状況に応じた支援・介入を行うことによって発症を防ぐ。これがメタボ健診の趣旨です。ストレスチェックの目的がメンタルヘルス不調の未然防止であれば、メタボ健診と同様に高ストレス者への支援・介入もポイントとなってくるでしょう。
 職場全体へのポピュレーション・アプローチ(※)も有効でしょう。一方、不調に陥る蓋然性が高い高ストレス者へのハイリスク・アプローチ(※)は、より直接的な手法となり得ます。


 現在、ストレスチェックの実施については、体制づくりの真っ最中という事業所もあると思います。外部機関との連携・協働による場合もあるでしょう。いずれにしても、ストレスチェック実施の延長線上に従業員のストレス・マネジメントをどのようにしていくか、その絵を描くことができれば事業所全体として従業員のモチベーションの向上や事業所全体の活性化にもつながる大切な仕掛けになるものと考えます。
 今一度、ストレスチェックの目的・趣旨に立ち返り、従業員の働き方や活力、事業所の健康経営といった観点からこの制度の活用を考えてみたいと考えている今日この頃です。



※ポピュレーション・アプローチ/ハイリスク・アプローチ
 疾患を発生しやすい高いリスクを持った人を対象に絞り込んで対処していく方法がハイリスク・アプローチです。しかしこれは問題を持った少数の人のみにアプローチするもので、ハイリスクと考えられなかった大多数の中に全くリスクがないわけではなく、その背後により多くの潜在的なリスクを抱えた人たちが存在すると考えられます。そこで対象を一部に限定しないで集団全体へアプローチをし、全体としてリスクを下げていこうという考え方がポピュレーション・アプローチです。

<出典:公益財団法人 日本生産性本部 メンタルヘルス研究所 メンタルヘルス用語集>

この記事の講師

藤井 紀男


<略歴>

1987年~ 広島大学医学部医学科卒業、大阪大学附属病院等で三次救急医療に従事
1987年~ 広島大学医学部医学科卒業、大阪大学附属病院等で三次救急医療に従事
1994年~ 厚生労働省入省、本省、地方自治体等で行政官として勤務
2011年~ (株)日立製作所の常勤産業医として勤務、現在に至る

【資格】
・ 2011年  日本医師会認定産業医
・ 2012年  労働衛生コンサルタント(保健衛生)
・ 2013年  キャリア・コンサルティング技能士(2級)

Recommend

おすすめ記事

 

メルマガ登録

最新情報や
お役立ち資料を自動受信!