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パワーハラスメントとアンガーマネジメント

日本医師会認定産業医
原口 正

仕事が忙しい、職場の人間関係がいまいち上手くいっていないときなど、人間はゆとりが無くなりがちになります。ついイライラして余計な一言を言って「微妙な空気が漂った」あるいは「思わずキレて、怒鳴ってしまった」など、他の人への言動がきつくなってしまったという経験を持っている人は少なくないのではないでしょうか。

 

お互いにあまり良い気分ではないでしょうし、「しまった」「言い過ぎた」と後悔しても、同僚や部下との人間関係が悪化して、職場環境が居心地悪いものになることもあるでしょう。最悪、職場のせいでメンタルヘルスの不調をきたしたと思った部下や同僚が、「加害者」と考えた上司や同僚などの責任を「労働災害」として訴えるということも十分に有り得ることです。

したがって、普段から自分の「怒りの気持ちのコントロール」を上手く行うことが、職場環境を良好に保つというだけでなく、パワーハラスメントを理由とした労災申請のリスクマネジメントとしても大切になります。

 

パワーハラスメントとメンタルヘルス不調の労働災害

 労働施策総合推進法によると、職場のパワーハラスメントは以下の3項目の全てを満たすものとされています。

(1)職場において行われる優越的な感性を背景とした言動であって、

(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

(3)労働者の就業環境が害されることとされています。なお、上司から部下からというパターンが多いでしょうが、それだけではなく、優位性は経験の長さや知識の深さからも生じるため(上司よりも古株の部下など)、部下から上司や先輩と後輩との間での言動も含まれます。

 

令和2年施行のパワーハラスメント防止対策の法制化に伴って、心理的負荷による精神障害の労災認定基準の改正が行われました。厚生労働省の「業務による心理的負荷(ストレス)の評価基準」に「出来事の類型」としてパワーハラスメントが追加され、その37項目の「具体的事項」の1つとして「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」と記載されるようになりました※(1)。

 

私自身も、厚生労働省の地方労働局の労働災害審査に関わる中で、精神障害発症の直接の原因として挙げられている「パワーハラスメント」を選択する人の割合は少なくないという印象です。高圧的に怒鳴られたり、何回もしつこく叱られたりすると、受け手側としては「上司や同僚にパワハラされた」と感じることが多く、仕事の上でどうしても注意指導を行わないといけないときには、自分自身の冷静さを保つことが好ましいでしょう。

  

アンガーマネジメント(Anger management)の重要性

アンガーマネジメントつまり「怒り」という「感情」といかに上手く付き合っていくかは、社会生活を送る上でとても重要です※(2)。

会社などの勤め先で、関係の良好な人々と滞り無く、仕事が進んでいくというのが理想です。しかしながら、思った通りに人が動いてくれない、思うように仕事が行かないなど、イライラすることはだれでもあることでしょう。そんな時に、思わず「キレて」相手に怒りをぶつけてしまうと、その後の人間関係に支障が出かねません。そのためには怒らないこと自体を目的とするよりも、自分が生み出した感情を上手く取り扱えることが重要です。

 

アンガーマネジメントを身に着けるメリットとして、パワーハラスメントの防止や離職率の減少、職場で話しやすい雰囲気ができることによっていわゆる「報告・連絡・相談」がより円滑になり、生産性の向上も期待できるでしょう。

 

 具体的なテクニックとして、良く用いられるものがいくつかあるので例示します。

 ①怒りに任せた行動を防ぐ:理性が働くまでの「6秒間」をやり過ごす。


「他の人が多くいる前で罵倒した」「長時間にわたって大声で怒鳴り散らした」「業務に直接関係のない人間性や人格を否定する言動が酷かった」などの状況は、「自分の怒りをコントロールできていない状態」でしょう(こういう人は、所謂「瞬間湯沸かし器」とかつては言われていましたが、今時の人は知らない世代かもしれません)。売り言葉に買い言葉のように感情に任せるのではなく、とりあえず「6秒間」はやり過ごしましょう。

②スケール・テクニック:怒りを「数値化」する。


やり過ごすために、「怒り」の気持ちを自覚したら、それを0点(全然気にならない)~100点(激怒して当然だ)までのなかで、「何点か?」と考えてみることです。何点かと考えていると怒りに任せた行動は抑制されます。繰り返しているうちに、「怒り」というものが実は「取るに足らない」から「誰がどう考えても怒って当然だ」というレベルまで幅があることに気づきやすくなるでしょう。「重要な案件の結果をちゃんと報告しなかったのは40点だな」とか「嫌な客だったけど、もう二度と会わないから15点くらいかな」と一方引いた視点で自分をみることが出来ようになれば、アンガーマネジメントのスキルが向上したと感じられるのではないでしょうか。

 

最後に

 最古の仏典に“人が生まれてきたときには、実に口の中には斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割くのである”という文章があります※(3)。

「余計なことを感情のままに言ってしまい、かえって自分が傷つく」のは約2400年前のインドも今の日本と変わらないなと思うのと同時に、いかにアンガーマネジメントが人類普遍のテーマであるかを示しているとも思います。自分でやれそうなことから始めてみてはいかがでしょうか?

 

 

      参考
      (1)『令和4年度労働衛生のしおり』中央労働災害防止協会(2022)
      (2)『アンガーマネジメント』戸田久実(日経文庫、2020)
      (3)『ブッダのことば スッタニパータ』(657偈、中村元訳、岩波文庫)

この記事の講師

原口 正

 

宇都宮大学保健管理センター准教授

博士(医学) 公衆衛生学修士 労働衛生コンサルタント 

日本医師会認定産業医 公認心理師 

日本精神神経学会専門医・指導医


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