日本医師会認定産業医
藏田 清文
「障がい者雇用の法定雇用率を満たすためにとりあえず雇ったが、戦力化にはほど遠い」、「合理的配慮を試みたものの、運用方法によってはかえって職場内での調整が難航することもある」。そうした声を企業の人事担当者から聞くことは珍しくありません。
一方で、同じ精神障がい者雇用でも、「この方の存在が職場にとって非常に大きな力になっている」、「障がいの有無を超えて、職場の戦力になっている」と感じられる事例も確かに存在します。単なる雇用義務としての雇用ではなく、「職場での活躍」という視点を持つことが、企業の人材活用のあり方として求められているのです。
産業医として多数の現場に関わるなかで、活躍する障がい者に共通する視点が見えてきました。
まず、活躍している精神障がい者の方に共通しているのが、「自己理解」と「自己対処」のスキルを身につけている点です。
たとえば、発達に特性があり、うつ病も併せ持つ方は、「自分は飲酒によって体調を崩しやすい」と自覚し、主治医と相談して抗酒薬を服用していました。また、無表情に見える傾向があることを自覚し、「怒っているわけではない」と周囲に説明するなど、誤解を防ぐ工夫もされていました。
このように自分の特性を説明し、周囲と合意形成できる力は、配慮を受けるための交渉力であると同時に、職場で信頼関係を築くための自立の力でもあります。そしてこの力は、単に精神障がい者だけでなく、すべての従業員にとって必要な力でもあります。現代の職場では、多様な価値観やバックグラウンドを持つ人々が協働するため、「自分をどう説明するか」「どう対処するか」という視点が、働くうえでの重要なスキルになっているのです。
障がい者雇用における合理的配慮は、つい「企業が一方的に提供する支援」と捉えられがちです。しかし、実際に活躍している方の多くは、「自分で使いこなせる配慮」、「自分が納得できる工夫」に変換して働いています。
ある企業では、「短時間の気分転換タイムが必要」と申告した社員に対して、会社が制度としてそれを認めました。すると本人は、自分でスマホのアラームを設定し、1時間ごとに3分間のリセットタイムを自律的に取り入れるようになりました。このような「配慮の自己管理」は、むしろ他の社員の業務にも支障なく、結果として生産性の安定にもつながりました。
つまり、配慮とは「支えること」ではなく、「支えを自立につなげること」が本質だといえるでしょう。自らが工夫し、働き方に主体的に関わっているという実感は、自己効力感の向上にも寄与します。結果的に、配慮は本人だけでなく組織全体の信頼感や協働意識にも良い影響を及ぼします。
「本人の努力不足が原因」と捉えられる場面もありますが、それだけでは不十分です。実際に職場の仕組みを変えることで、本人の力が発揮されやすくなるケースは多々あります。
ある社員は、業務の優先順位がうまくつけられず、納期を守れないことに悩んでいました。そこで職場では、時間単位の作業内容を記入する共通のExcel表を導入し、上司・同僚と共有するようにしました。視覚的に「今なにをすればよいか」が明確になったことで、本人の安心感と作業の安定性が飛躍的に向上しました。
このように、職場側が「考える力を奪わない仕組み」を整えることは、精神障がいのある方が力を発揮する大きなきっかけになります。制度やルールの工夫で「できる環境」を整えることは、実は誰もが働きやすい環境づくりの第一歩でもあります。
2024年4月からの障がい者差別解消法の改正により、民間企業においても「合理的配慮の提供」が法的義務となりました。これは単なる法令遵守の問題ではなく、企業の本質的な人材育成力や組織文化が問われているということでもあります。
障がいのある方を「特別扱い」するのではなく、一人ひとりが自分の力を活かせる職場をいかに作るか。その視点は、実は障がいのある方だけでなく、すべての従業員にとって働きやすい環境づくりにつながります。人的資本経営が重視される時代において、障がい者雇用の在り方は、企業価値そのものを映す鏡にもなっていくでしょう。
精神障がい者が活躍するとは、単に業務ができるというだけでなく、自分の特性と向き合い、職場と信頼関係を築きながら、自らの力で働き方を整えていける状態ではないでしょうか。
そのためには、企業側の「受け入れ体制」と、本人側の「自己理解・対処力」、そしてその両者をつなぐ「仕組みと文化」が不可欠です。さらに、第三者として関わる産業医や支援機関の専門職も、橋渡し役として重要な存在です。
これからの障がい者雇用は、「配慮をする・される」という関係から、「共に働き、共に成長する」関係へと進化していくことが求められています。