日本医師会認定産業医
安田 朋弘
「健康診断の結果が毎年悪くなってて嫌になるよ。やっぱ運動しないといけないよなあ・・。」「最近太ってきたから運動しようと思うんだけど、毎日はしんどいし、どれくらいが適度なんだろう?」そんな声を職場や私生活での付き合いの中でも聞くことは多いのではないでしょうか?
産業医面談の中で保健指導を行うこともありますが、やはり運動に関するトピックは外せません。「先生、運動ってどれくらいしないといけないですか?」そんな質問が出てくることもあります。皆様も医師などに「適度に運動もしてくださいね。」と言われたものの、「健康にいいのはわかるけど、適度な運動ってどれくらいやればいいの?」と感じられたことがあるかもしれません。今回はこの“適度な運動”の指針となる、「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」についてみていきましょう。
日本では、身体活動・運動分野のガイドラインとして「健康づくりのための運動所要量」が平成元年に策定されています。その後、名前を変えながらも身体活動・運動の目安のガイドラインが改訂を重ねられ、「健康づくりのための身体活動基準2013」が2013年に策定されました。そこから10年が経過し、新たに蓄積されたエビデンスを踏まえて策定されたのが「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」です。
本ガイドの特徴として、ライフステージごとに推奨事項が記載されていることが挙げられます。成人、こども、高齢者それぞれに合わせて身体活動・運動に関する推奨事項がまとめられていますが、今回は職域にフォーカスして成人に関する推奨事項についてみていきたいと思います。
さて、早速成人に関する推奨事項を見ていきたいと思いますが、その前に本ガイドでの言葉の定義を確認しておきましょう。
https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf より引用
前提知識を踏まえた上で推奨事項を確認すると、以下の内容となっています。
■推奨事項
① 個人差を踏まえ、強度や量を調整し、可能なものから取り組む。今よりも少しでも多く身体を動かす。
② 強度が3メッツ以上の身体活動を週23メッツ・時以上行うことを推奨する。具体的には、歩行又はそれと同等以上の強度の身体活動を1日60分以上行うことを推奨する(1日約8,000歩以上に相当)。
③ 強度が3メッツ以上の運動を週4メッツ・時以上行うことを推奨する。具体的には、息が弾み汗をかく程度の運動を週60分以上行うことを推奨する。
④ 筋力トレーニングを週2~3日行うことを推奨する(週4メッツ・時の運動に含めてもよい)。
⑤ 座位行動(座りっぱなし)の時間が長くなりすぎないように注意する(立位困難な人も、じっとしている時間が長くなりすぎないよう、少しでも身体を動かす)。
ここで多くの方は“メッツ”という単語にひっかかるのではないでしょうか?
ガイドには、「メッツとは、身体活動の強度を表し、安静座位時を1メッツとし、その何倍のエネルギーを消費するかという指標です。歩行の強度は、3メッツに相当します。メッツ・時とは、メッツに身体活動時間を乗じた活動量の単位です。」と記載されています。
少しわかりやすくするために、例を見てみましょう。以下の表によると、ジョギングは7.0メッツ、サイクリングは8.0メッツになっています。例えば3.0メッツの強度の身体活動を2時間実施すると、3.0メッツ×2時間=6.0メッツ・時、7.0メッツの強度の身体活動を3時間実施すると、7.0メッツ×3時間=21.0メッツ・時となります。
https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf より引用
メッツについてご理解いただけたところで、推奨事項についてもう少し詳しく見ていきましょう。
② 「強度が3メッツ以上の身体活動を週23メッツ・時以上」については、週7日に公平に分配すると1日当たり約3.3メッツ・時になります。歩行が3.0メッツですので、1日1時間歩くと3.0メッツ・時となり、概ねこの目標を達成できます(1時間の歩行は約6,000歩です)。これに加えて、3メッツに満たない家事等の生活活動も皆さん行っています(2000歩/日に相当)ので、合わせて6,000歩+2,000歩=8,000歩が②での目安として記載されています。
③ 「強度が3メッツ以上の運動を週4メッツ・時以上」については、7日に分けて実施しても、週に1日で実施してしまっても構いません。平日は仕事で忙しく時間が取れない場合は、週末などの休みの日に実施してみてはいかがでしょうか?
ちなみに②、③のメッツ・時はいずれも生活習慣病発症予防に効果のある身体活動量や運動量の下限値を考慮して設定されたものですので、生活習慣病の発症や死亡のリスクを下げられることが期待されます。
④ 「筋力トレーニングを週2~3日行う」は、自重トレーニングでも、マシンやダンベルを使用したウェイトトレーニングでも構いませんし、ジムでも家でも構いません。最近では、ご自宅での自重トレーニングの参考となるような動画コンテンツも豊富にありますので、そうしたものも活用してみてはいかがでしょうか?
また、推奨事項にも記載されていますが、この④は③と兼ねて実施(筋力トレーニングで週4メッツ・時以上運動する)してしまっても構いません。自重トレーニングは強度にもよりますが、3.0-6.5メッツ程度ですので、週当たり1-2時間程度実施できれば③はクリアできそうですね。
筋トレを実施している群は実施していない群と比較して、総死亡のリスクが低いことも本ガイドでは触れられていますが、逆に週当たりの筋トレの実施時間が長くなりすぎると(週当たり130-140分程度を超えてくると)総死亡や心血管疾患発症リスクが高くなる可能性も示唆されています。根を詰めてやりすぎず、休息日も設けながら、まさに今回のテーマでもある“適度な運動”を実施できるとよいですね。
さて、今回は本ガイドについてみてきましたが、推奨事項の①も重要なポイントです。可能なものから取り組み、少しでも多く取り組むことが推奨されています。今回説明した内容すべてを実施しようとするとハードルが高すぎて嫌になってしまうかもしれません。
まずは推奨事項の一部でもいいので生活活動や運動について見直してみませんか?健康に長く働くためにも、今回の内容が少しでも参考になれば幸いです。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/undou/index.html
https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf
https://www.nibn.go.jp/activities/documents/2024Compendium_table_adult_ver1_1_5.pdf