日本医師会認定産業医
岡野 一樹
皆様、年が改まって早1ヶ月、いかがお過ごしでしょうか。今年も幸先の良いスタートが切れましたでしょうか?
さて今回は、「化学物質のリスクアセスメント」に関連した話題です。
近年、労働安全衛生法の改正がなされた結果、一部の有害性が認められた化学物質(通知対象物質=リスクアセスメント対象物質)を使用する事業場では、その規模の大小によらず(たとえ小規模事業場であっても)使用中の通知対象物質についてリスクアセスメントを行うことが義務付けられ、その結果に応じたばく露防止対策を実施することが必要になっています。
しかし嘱託産業医をしていると、使用中の化学物質が法的にリスクアセスメント対象かどうかの判断方法がわからない…という声を聞くことがいまだに少なくありません。
そこで本稿では、事業所で使っている化学物質につき、どのようにリスクアセスメント対象物質を見分けるか、ということをおさらいさせていただきます。
<化学物質のリスクアセスメントは、業種を問わず必要です>
化学物質というと、「工場で使われる物」というイメージもあり、日常との結びつきが実感されにくいかもしれません。しかし実際には工業や製造業のみならず、業種を問わず化学物質が使われています。たとえば、食品製造業では洗剤や消毒剤など、美容業では毛染め剤や除光液、清掃業では洗浄のためのケミカル類、などなど…。
これらの中には、使用方法によっては健康障害のリスクが高くなるものも多く、労災を防ぐためには、その危険性を正しく査定(リスクアセスメント)し、よりリスクの少ない安全な使用方法を採用することが重要となります。
なかでも先述の通り、厚労省によって指定された「通知対象物質」についてはリスクアセスメントを行うことが義務となっている(つまり、『通知対象物質』=『リスクアセスメント対象物質』ということ)のですが、この物質数は年々増加しています。(2024年4月1日時点で896種、2026年には2000種を超える見通し)。元々は非該当であった物質が、あるときから通知対象物質になる可能性も大いにあります。つまり、どの業種・どのような規模の事業場においても、使用中の化学物質すべてについて、通知対象物質であるか否か判定できなければならないのです。
では一体、実務上確実・簡便に、効率よく判断できる方法はないのでしょうか。
<まずはSDSを参照しよう!>
実は、そのための情報は案外簡単に手に入ります。
化学物質のリスクアセスメントに必要な情報がまとまっている文書があり、「SDS(Safety Data Sheet)」と呼ばれています。このSDSには、当該物質の物理的性質(燃えやすさ、揮発性など)・危険性・毒性や、ばく露した際にどのような処置が必要か、必要な保護具がどんなものか、などという情報が一定の書式で掲載されています。この中に、通知対象物質であるかどうか判断できるポイントがあるのです。
<SDSの入手経路>
SDSは、譲渡元(ほとんどの場合メーカーや販売者)から入手できます。通知対象物質を含むか否かにかかわらず、SDSは提供されていることが多いです。
まずはメーカーのWebサイトからダウンロードできないか調べます(物質名+SDS、などで検索するのも良いでしょう)。今日では、この方法でほとんどの薬品のSDSが入手できると思われます。
<SDSのどこを見ればよい?>
SDSが入手できたら、その中の「15.適用法令」という箇所を見ましょう。ここを見ることで、安衛法上の通知対象物質を含んでいるかどうかを、ある程度判断できます。
この項目内に「通知対象物質」や「名称等を通知すべき危険物及び有害物」等という記載があれば、その物質はリスクアセスメント対象物質を含むということになります。
<SDSが見つからない、SDSがあっても適用法令に記載がないときは?>
SDSがもし見つからない場合は、メーカーや販売者に直接請求しましょう。送ってもらえることがあります。
もしメーカーや販売者発行のSDSが存在しないと判明した場合には、さらに通知対象物質が含まれていないことをメーカーや販売者に直接確認します。ここで含まれていないと明言された場合には、現実的にはひとまずその時点ではリスクアセスメント対象物質でない、と判断してもよいでしょう。
また、SDSはあっても「通知対象物質」であることを示す記載がない場合には、その時点ではリスクアセスメント対象物質ではない公算が高まりますが、一応念のためメーカーや販売者に「対象物質を含まないこと」を確認しておくことをお勧めします。
これらは、SDSに誤りがあることや、メーカーにおけるSDSの更新遅れなどのため、本当は通知対象物質を含むのに誤って記述なしとされている危険性を鑑みてのことです。
(本来、厚生労働省発出の通知対象物質のリストを参照の上、組成する物質名などから対象物質であるかどうかを判断するのが正攻法ではあります。
しかし、リスト中の膨大な数の物質名から該当物質を探すことは骨が折れる上、化学物質の表記が少し違う(よくあります)だけで、探すのが著しく困難になります。そのため、実務上まずは上記の方法をお勧めします。)
<注意点>
SDSは必要に応じ更新されますので、年に1回程度は手持ちの物が最新版であるか確認しましょう。
また、日本国内での使用を前提とされていない輸入化学物質などにおいては、そもそもSDSが発行されていなかったり、日本国内の法規制に準拠していないSDSしか提供されていなかったりします。安全・衛生の観点からは、できる限りそのような製品は採用しないようにすることが望まれますが、代替品がないなどやむを得ない場合には、充分に化学物質の知識を持った担当者の監督のもと、使用するようにしましょう
<おわりに>
今回は、リスクアセスメント対象物質の実際的な見分け方について解説しました。
皆様の安全・衛生的な操業の一助となることができれば幸いです。