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産業医ならではの視点や専門分野を活用する

産業医
安藤 明美

 企業において、メンタル不調者の対応をされていると、その要因が業務起因性ばかりではないということを感じると思います。企業の人事担当者として「業務外のこと」であるため、なかなか踏み込みづらい部分もあるかと思います。産業保健については、業務に関連していることではなく、「プライベートなことだから、あまり踏み込むことができない」という考えが基本になってくると思います。しかし、これが私病となると、「プライベートのことだから踏み込めない」というわけにはいきません。

 

人は、決して1人で生まれて、1人で自然に成長するわけではありません。生まれてから、小児期を経て、働ける世代になるまで、家族をはじめとして多くの人と関わり、さまざまな体験をします。人が生きるなかで培われてきた価値観は、生来の性格的な要素と共に、各個人のなかに確立されていきます。

そうしたなかで、「ストレスコーピング」や「レジリエンス」、「アンガーマネジメント」といった「セルフケア」のスキル、「アサーション」などの「コミュニケーションスキル」を身に着けていくことは後天的にできます。ですが、これらのスキルをみにつけたとしても、人体というものは、不思議なもので、常にいい状態を保てるというわけではありません。

 

皆さんも、体調が悪いときに、「つい家族や友人に普段なら言わないようなことを言ってしまって喧嘩になってしまった」という経験はないでしょうか?

体調が回復した時点で、どうして喧嘩になってしまったのかという点について振り返り、「普段なら、決して言わないようなことを言ってしまった」と、後から自己嫌悪に陥ってしまったということはないでしょうか。

 

 実は、こうした「コミュニケーションにおけるイベントの背景」を、医学の視座を持って俯瞰的にみる見方は、非常に重要となります。

 

例えば、甲状腺機能低下症という病気があります。人の頸部前面には、生命を維持するために大変重要な甲状腺ホルモンと呼ばれる蝶々型の臓器があります。ホルモンの量が減ってきますと、髪が抜けたり、眉毛が薄くなったり、疲れやすくなったり、むくみやすくなったりと、さまざまな症状がでてきます。声も小さくかすれがちになってきます。

もしも、こういう方が職場にいた際に、医学の視座がなければ、「挨拶をしても、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でしか反応がなく、元気がなくて、コミュニケーションが難しい人だな」と、周囲から苦手意識を持たれてしまったり、「やる気がない」というレッテルを貼られてしまうことがあります。「元気な挨拶」は、コミュニケーションの基本ですから、この病気になってしまったら、多くの人が、コミュニケーションにおいて何らかのストレスを感じる可能性があります。

 

ですが、甲状腺機能低下症のこうした症状は、診断治療が適切にされれば、ずいぶん改善することが知られています。こうした現実は、「やる気がない」、「コミュニケーションが難しい」と、思われていた人が、「医学の視座と、適切な治療によって、コミュニケーションが大きく改善した」という見方をすることもできます。 

さらにいうと、甲状腺機能低下症の方は、ホルモン不足による、倦怠感や集中力の低下から、いわゆる「業務のパフォーマンス」は低くなりがちです。そうした状況から、「個人評価の場」では、「業務達成度合いは低い」という評価をされてしまうこともあるでしょう。

これは、甲状腺機能低下症によって不調となりやすいメンタルにも、良い影響を与えるとは思えません。もしも医療の専門家が関わらなければ、その後も、「業務処理評価が低い人」という、レッテルを貼られたままとなってしまう可能性が高まります。

 

なぜなら、トレーニングを受けた「産業医」は、「甲状腺機能低下症」については、外見や会話の内容、健康診断の結果などから、疾病が隠れていることを疑い、内科への受診勧奨をすることができます。適切な治療により、「疲れやすい」、「集中力が低下している状況」は改善がみられることが期待されます。これにより、「仕事のパフォーマンス」も改善し、メンタル面も改善していく可能性が高まります。これだけでも、医療の専門家である「産業医の存在意義」は、大きいと思います。

 

一方で、一旦、周囲から持たれてしまった「話しづらい人」、「やる気のない人」、「パフォーマンスが低い人」といった評価については、なかなか自然には改善しません。医学の専門家である産業医は、必要に応じて企業の担当者や上司に、「甲状腺機能低下症」という病気についての一般的な説明を行い、本人が未治療期間の業務評価については、疾病が影響していた可能性があることを伝え、治療後の業務評価の適正化を促すことが可能です。

それが、昨今、現場レベルで求められる「私病と治療の両立支援」ともいえます。こうした取り組みにより、「労働者の働く機会を不用意に奪わない」という意識も大切です。  

 

 このように、「人体の疾病による就業における影響」は、その人だけに留まらず、「周囲の人との関係性」、「業務評価」にも影響を与え得るものです。本人ではどうしようもない「体の不調」で、「コミュニケーション」や「パフォーマス」に影響が出ることに、適切に対応することは、「産業医」にとって、大切な職場環境調整の一つと考えます。

 

日本の労働生産年齢人口が大きく減少する昨今、現在、労働者が50人未満で、産業医の選任義務のない企業であっても、こうした視点を持つ専門家に相談できることは大きなメリットがあると思います。

ぜひ、産業医を活用いただきたいと思います。

この記事の講師

安藤 明美

産業医、労働衛生コンサルタント、家庭医療専門医・指導医/医学博士、社会医学系専門医・指導医。大学卒業後、2013年 労働衛生コンサルタント資格取得。中小~大企業の嘱託産業医を経て、2022年 安藤労働衛生コンサルタント事務所を開設。現在は、IT企業の統括産業医を務め、家庭医療、社会医学などの幅広い医学知識を生かした産業保健活動を行っている。柴犬好き。

Twitter:@akeminnko

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