日本医師会認定産業医
山田 耕太郎
心理的安全性とラインケアについてご存知でしょうか。名前は知っていても両方とも説明できる方は少ないかもしれません。心理的安全性は様々な定義がありますがエイミー・G・エドモンソン教授が1999年に提唱した概念が代表的なものであり、それによると心理的安全性の高い職場では誤解や非難を恐れずに自由に意見が言い合えることができるとされます。
心理的安全性という言葉は20世紀からありましたが、Google社が「心理的安全性の高い職場は離職率が低く、他のチームメンバーが発案した多様なアイデアをうまく利用することができ、「効率的に働く」とマネージャーから評価される機会が2倍多い」と発表したことで、人事労務の世界で一躍有名になりました。
一方、ラインケアとは厚生労働省の指針「労働者の心の保持増進のための指針」において示された職場で実施される以下4つのメンタルヘルスケアの一つであり、その中には職場環境を改善することも含まれています。
4つのケアは労働安全衛生法第69条第1項(事業者は、(中略)労働者の健康の保持増進を図るため、体育活動、レクリエーションその他の活動についての便宜を供与する等必要な措置を講ずるように努めなければならない。)に基づいた活動であり、メンタルヘルス不調の防止が大きな目的であるため産業医や保健師、産業カウンセラーといった健康管理分門が中心に取り組んでいるところが多いようです。
このように心理的安全性の高い職場づくりは人事労務部門、ラインケアは健康管理部門と独立して取り組んでいる事業所も多いですが、主たる目的は違えども、どちらも職場環境を改善する活動であるためは両者には共通点も多いです。
例えば、仕事に対し自身の考え方を反映できたり業務量や配分のコントロールができたりする度合いを「仕事の裁量度」といいますが、一般的に「仕事の裁量度」が高いと心理的安全性が高い職場とされます。
ラインケアの視点でも「仕事の裁量度」の高い職場は「仕事の裁量度」が低い職場に比べメンタルヘルス不調者の発生リスクが低いことが分かっています。従って「仕事の裁量度」を高めることで心理的安全性が高く、メンタルヘルス不調者の発生リスクの低い職場を作ることができると考えられます。
また心理的安全性が高い職場は生産性が高まるだけでなく、パワーハラスメントが起こりにくく、うつ病発症リスクが低くなるなど従業員の健康に対してもよい影響があることが分かってきました。
近年は産業保健の分野でもメンタルヘルス不調者を減らすには単にストレス等のネガティブな要素を改善するだけは不十分であり、ワークエンゲージメントを高めいきいきと働いてもらうことでメンタルヘルス不調者の減少と生産性の向上の双方に効果があると指摘されています。このように産業保健の分野でも人事労務的な視点が取り入れられてきており、人事労務の分野と産業保健の分野をはっきりと線引きすることが難しくなっています。
現代はVUCA時代と言われているようにスマートフォンの普及やAIの急速な発達をうけて日常生活を取り巻く環境が急速に変化しています。つい最近でもCHAT-GTPが出現しインターネット検索に大きな変化が起こりました。このような時代では職場環境やストレス要因も多様化しそれらは複雑に絡み合っており、生産性や労務問題は人事労務部門、健康問題は健康管理部門と今までのやり方では対応できないかもしれません。
VUCA時代を生き残るため人事労務部門と健康管理部門が連携して生産性の高く、メンタルヘルス不調の発生しにくい快適な職場環境を作り上げていきましょう!
参考
Predicting new major depression symptoms from long working hours, psychosocial safety climate and work engagement: a population-based cohort study,Amy Jane Zado et al. Public health
山田 耕太郎
日本医師会認定産業医
労働衛生コンサルタント
社会保険労務士
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