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学習を促す「不安」のマネジメント

上智大学経済学部経営学科 教授
森永 雄太

前回のコラムで、チームレベルの心理的安全性について紹介しました。この心理的安全性という概念をもともと提唱した研究者の一人が、組織行動論の大家であるエドガー・シャインだといわれています。今回は、Schein2002)に基づきながら心理的安全性のルーツをさかのぼるとともに、この考え方が学び直しやリスキリングが重視される現代においてどのような意義を持つか考えてみたいと思います。

 

シャインは従業員が学習することを促す際に心理的安全性が重要であることを主張してきました。近年注目されているエドモンドソンによるチームレベルの心理的安全性とは異なり、個人レベルの概念として用いられています。Schein2002)は、組織は従業員に対して学習することを求めるが、それはなかなか難しいものであると主張します。

 

なぜ従業員が学習しないかというと、人は学習することに対して不安を感じるからです。たとえば、野球がとても上手でプロ野球選手になった若手野手を思い浮かべてみてください。これまで自分は野球が上手だと思っていたはずです。プロのピッチャーのボールに対応するためには、アマチュア時代とはフォームや考え方で変えないといけないこともあるかもしれませんが、一方でフォームを変えることでこれまでできていたことや、自分のバッティングの持ち味が失われてしまうかもしれないという不安を持つかもしれません。


さらに、学習するプロセスにおいては、失敗を経験したり周囲からの厳しい評価に直面したりするものです。こういう経験をしたことのある人は、なおさら、新しいことに挑戦したり学習したりすることに二の足を踏むようになるのでしょう。

 

では、学習がもたらす変化におびえる従業員に学習を促すには、どうすればよいのでしょうか。

Schein(2002)はここでも、従業員に「不安」を感じてもらう必要があると主張します。従業員の学習を阻むのも不安であり、促進するのも不安なので2つの質の異なる不安を分けた上でマネジメントするべきだというのです。

まず、前者の学習を阻害する不安は、「変わることに対する不安」です。何かを学び、変わろうとすると、失敗を伴うこともあるし、新しいことをする過程で周囲ともめることもある。そういった変わるプロセスに対する不安のことを指します。

 

一方後者の学習を促す不安は、「変わらないことで将来困難に直面する不安」、とでも言い換えられるかもしれません。シャインによれば、後者の不安が前者の不安を上回るときに、人は学習するのだといいます。

 上司が部下に学習を促すためには、不安を適切にマネジメントする必要があります。この時に組織側はついつい「変わらないことで将来、直面する不安」を喚起する、という方法を取りがちです。しかし、わかっていても「変われない」のが人間です。

そこで注目したいのが「変わることに対する不安」すなわち個人レベルの心理的安全性を低減する視点です。変わることに対する不安を低減しつつ上手に前向きになれるように促すことで、従業員の学び直しやリスキリングを促進することができるかもしれません。

 

Schein, E. H. (2002). The anxiety of learning. Interview by Diane L. Coutu. Harvard Business Review, 80(3), 100-6.

この記事の講師

コーヒー

森永 雄太

上智大学経済学部経営学科 教授

略歴
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。
博士(経営学)。

専門は組織行動論、経営管理論。

主要著作は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 - 健康経営の新展開 -』(労働新聞社)等。

2016年、健康経営を経営視点から取り組む企業横断研究会(HHHの会)で副座長を務める。
2019年日本労務学会研究奨励賞受賞。


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